研ぎ講習を受けて頂いた小坊主さんから、天然砥石の使い分けに付いて御質問が。序でに近所の知人からも、天然砥石が分からない。記事を読んでも分からない(産地や名称も全く知らないとあっては無理も無いですね)。との意見が。個別の案件に答えるには、一般論や前提らしき物を下敷きにしなければ成りませんので、此処では其れを簡単に記載してからにしたいと思います。
先ずは私が考える砥石の分類や役割分担ですが、飽くまでも経験則が大きく影響しています。文章からの知識や、専門家・経験者からの伝聞も交えての理解と捉えて下さい。
天然仕上げ砥石の層には様々な層が在り、本口成り(ほんくちなおり)や合い石成り(あいいしなおり)に因っても違いますが、大きく巣板(すいた)と合砥(あわせど)に分かれます。昔は、天然仕上げ砥石=合砥で、巣板も含めた総称だったのかも知れませんが、合砥が「戸前・並砥・合いさ」に分かれる様に、巣板にも幾通りかの種類が有ります。白や黄色や卵などの色による違いが、必然とは言えずとも大抵は質の違いを伴っています。(巣板層は合砥層の上・下に堆積した層ですので、巣板同士で性格の違いが最も大きくなりがちなのは天井・敷の違いでしょう)
大まかに言って、巣板層は合砥層より柔らかかったり砥粒が粗かったりする傾向が有り、其の為に研磨力が強かったり砥ぎ肌が霞む・曇る仕上がりに成り易いです。合砥は其の逆で、硬く細かい物が出易く、明るい仕上がりや鏡面・半鏡面を狙えます。特に浅葱(原則的にはあらゆる層に出る色)と言われる黒系統・青灰色・暗緑色の戸前層では顕著です。其れに比して、並砥や合いさは一歩譲る印象です。
仕上げ砥石の役割は、中砥石の後に使って砥ぎ目を微細化し、より鋭利な刃先を得るものです。上記の内容から順当に行けば、巣板の後に合砥を使う事に成ります。但し、同じ産地の巣板同士の中でも質の違いを活かして組み合わせ、軟⇒硬・荒⇒細と研ぎ進める事も稀では有りませんし、其れは合砥でも同様です。
厄介なのは戸前・合いさ等の質・性格が相場の逆に成っているイレギュラーが出たり、産地(採掘される山)によっては巣板(しかも柔らかいとされる天井)でありながら、他所の大抵の巣板は云うに及ばず合砥をも凌駕する硬さ・細かさを示したりする場合です。この場合は、定説ともなっている「東の山は西より硬い」「合砥は巣板より硬く細かい」「戸前は合砥で最高」「~の山は~の山より硬く細かい」等の固定観念に囚われず、其の砥石自体が如何なる性質・性格なのかを的確に見抜いて活用しなければ成りません。
当然、普通とはあべこべの並び順で組み合わせて研ぎ進める状況も起こり得ますが、飽くまでも研ぎの効率や仕上がりの良さを優先して使い分けるべきです。実用を旨とする者に在っては、間違っても産地のブランドや層の銘柄に惑わされる様な事態は避けねばならず、其の為にも試し研ぎや触察で正確に砥石を評価したい所です。
上記を踏まえて、小坊主様に御渡ししたサンプルに付いてです。片方は奥殿産、天井巣板の中硬。もう一方は中山の戸前、緑色の此方も中硬。硬さは幾分、戸前が上回り細かさでも同様かと思われます。
以上は双方、二つの比較。問題は御購入頂いた、他の三つとの兼ね合いですね。三つの内訳は千枚っぽいカラス・千枚際の戸前・中硬の巣板で、硬さ順では1・2・3。細かさでも1・2・3(もしかすると2・1・3の反応に成るかも知れません)。
注意点としては、唯一カラスのみ砥粒の目が立ち気味なので、細かさの割りに傷が消え難い可能性が有ります。鋼材の種類・熱処理・研ぎ方で変化します。その代わり、刃金の研磨が速く鋭利に仕上げ易い傾向も見られます。
さて、いよいよサンプルと三つの関係性を絡めた使い分けです。(繰り返しに成りますが、今回俎上に上がっている砥石同士の比較検討)緑の中山戸前は質的に千枚際戸前に近く、硬さと細かさでは僅かに上回ります。奥殿天井巣板は中硬巣板よりも少し硬いですが、細かさは同程度だと思います。従って、巣板に関しては平面維持には寄与する硬さが、少ない水分量や高い圧力の影響下での研ぎで引け傷に注意が必要です。
逆に言えば砥石の平面度合いが重要で、軟鉄ほど傷に敏感で無い鋼で出来ている和包丁の裏押しに向いています。少なくとも、最終仕上げの前段には持って来いでしょう。例として片刃和包丁を研ぐ場合には中硬巣板で切り刃を研ぎ、その刃金部分を千枚際戸前で仕上げる。不足が有れば中山戸前で糸引き。裏押しは奥殿天井巣板で研ぎ、不足が有ればカラスで仕上げる。となります。