以前に掲載した、家にあったステンレス包丁(普及品)ですが、刃の研ぎは施していたものの、擦り傷は軽く磨く程度に留めていました。所が、穴あき包丁の裏だけ鏡面にしていた物でリンゴを切る際、敢えて裏と表で切り分けてみると、荒いままの表面が接していた側はやや食味が落ちた様に感じた事も有り、もう少し傷を消してみました。やはりその方が水を弾き、汚れを落とし易い効果も得られます。
しかし、普及品はコストを抑える為、様々な点でランクを下げる行程や材料を採用してあります。そこで、使用者は後々、折に触れて気づかされる事も有ります。その一つに表面の研磨の仕上がり具合が有ります。簡単に言うと、目の細かい研磨剤などで磨き傷を小さくしようとしてもあまり反映してくれない。或いは製造側に居たときに良く聞いた、鋼材に元々含まれているイモと呼ばれる不純物や空隙が現れる。それに関連してか、孔食と呼ばれるピンホール状の錆が出易い。(粉末冶金鋼では、その奥に更に大きなサイズで球状の錆が成長する事も在るそうですが)というものです。
下の画像は穴あき包丁の裏のイモと思われる部分と表の孔食と思われる部分です。
約200倍で拡大すると、よく似た印象ですが、肉眼では周囲にある同様の陥凹の分布の仕方や光りの反射でやや違って見えます。ですが、イモが発端となって孔食に繋がったのだとしたら、拡大で似ていても不思議は無いのかも知れません。(底面・円周が均等・不均等の違い)
このような面では、高級鋼材として扱われる種類の方に分があるのは仕方が無い事ですので、それぞれに応じた手入れや扱い方・愛で方で接するべきでしょう。
上から二枚の画像は実家に有ったクラッド材の包丁ですが、ステンレスに挟まれた刃金は恐らくSK鋼で、流石に炭素鋼だけ有って、研ぎさえ確かなら、より薄物の一枚物のステンレス包丁(普及品)よりも長く良く切れた記憶があります。但し刃金は気を付けていないと普通に錆びます。
クラッド材の包丁、以前は炭素鋼の刃金をステンレス地金で挟んだ物が多かった様ですが、最近は高炭素ステンレス刃金を低炭素ステンレス地金(又はステンレスとニッケル等の積層地金)で挟んだ物が主流となっています。(当然炭素鋼を軟鉄で挟んだ、或いは片側に付けた物もあります。)
上画像の三徳は、ステンレス包丁は超安価な物しか持っていなかった母に贈る為に買い求めました。牛刀の方も身内用でした。此方は、マサヒロの175㍉オールステンレス(柄はアルミっぽかった様な)三徳を使わせていましたが、刃持ちの点でもう少し長切れを、との事で選びました。まあ、半分は自分が鋼材の研ぎ味と切れ具合を確認したかった訳ですが。同じ長さの鋼牛刀を使っていた経験があるならと、マサヒロとサイズ違いを買ったのに長すぎるとの事で、引き取って代わりに渡したのが下の画像です。
此方は初期から充分以上に鋭利な刃と抜けの良いブレードデザインで、珍しく研ぎを入れずに渡しました。案の定、欠けをたくさん作ったのでやや鈍角に研いで渡すと、切れが重いなどと宣っていましたが。恐らくステンレス系統で、切れ・長切れ・研ぎ易さの点で最高ランクの一つではという印象を受けました。V金10号の鍛造は伊達ではない様です。
下は関で働いていた時の元同僚から度々頂いた刃物の一つで、確か北欧のナイフブランドの包丁スタイルでしょうか、ブレード・ハンドルデザインはややもっさりしているものの、きちんと研げば過不足無い使い心地で、問題無く調理出来ます。しかし、刃金は同じV金10号ですが、此方は僅かにまったりしている様な感じです。とは言え、それは上に比べての事で、普通の人からすれば誤差と言われかねないかも知れませんが、特に刃先を薄く研いだ時や長切れを期待する時には大きく影響します。尤も、デザインからしても刃厚からしても、もっと荒っぽく使われる事を前提としていると思われるので、此方は此方で適正な仕上がりと言えます。やはり、最後は用途と好みに応じてになります。
上の三本の洋包丁は、父と祖母が食堂をしていた最後の頃、二十年ほど前に家族用に使用していた物です。ヘンケルスの牛刀・三徳・ペティという良くある三本セットで、国内生産のOEM品だと思われます。切れ味・刃持ちは余り期待出来ず、欠けや折れが少ない代わりに錆びに強いだけが取り柄かと思って使っていました。しかし後年、研ぎの技術や刃付けの選択、適正な砥石の追加により、日常使用に於ける不満は何とか解消する事が出来ました。
いつも感じる事ですが、良く出来た刃物はあまり研ぎ手や砥石に過大な要求をしない物が多いようです(尖った性格・限局的な性能を敢えて狙った物は除く)。それに対し、値段相応であったとしても、質や性能、仕上がりに難がある物は、研ぎ手・使い手の創意工夫や道具立て・使用法で歩み寄ってやり、性能を引き出す必要があります。例えば、荒い金属組織・硬過ぎ・柔らか過ぎ・欠け易い・錆び易い等。しかし、そういった弱点を手間暇掛けて克服していく過程を観察し、使用する度にそれを実感すると、高性能な製品とはまた違った愛着が湧くのも事実です。大げさに言うと、一緒に困難を克服したというか、問題と戦った戦友というか。元々道具や機械の性能を無理なく引き出すのが好きだった為かも知れません。
次の二本は、母が結婚以来(それ以前からかも)十数年使っていた炭素鋼の洋包丁です。子供の頃は、その薄さも有り、ステンレスよりも切れ味鋭く、研ぎ直しやすい印象でした。常に黒っぽく、赤さびは出にくい様子で、余り磨かれていなかった割には、ブレードの腐食は案外致命的ではありません。嘗ては、柔らかいけれど結構詰まった鋼材だと思っていましたが、現在では数種の砥石で研いで見る事でそうでも無いと感じます。因みに、ハンドル中央の白いラインは、ライナーが入っているのでは無く、タングの腐食・柄材の膨張や変形を削り、エポキシパテで埋めた跡です。
所謂、穴あき包丁も二本ありました。大きめの一本は数年前に知人に贈り、今あるのはこの薄く小さな方だけです。どういう訳か、両方とも一見片刃のようなブレードデザインで、ほぼベタの裏からも小刃が付けられていました。このクラスのステンレスは炭素がまずまず入っているからか、クロームなどをケチっているからか、やや錆びやすい代わりに案外良く切れます。まあ、流し台の材質に毛が生えた様な鋼材に比べればですが。巣板、合砥、カミソリ砥といった手順で研げば、通常、不満は出ない程の切れと長切れになります。言うまでも無く、これも欠点を改善していく毎に可愛くなり、以前はお蔵入りしていた物ですが、今では料理の際の雑用係から、簡単な調理はこれで済ますようにもなっています。
研いだ包丁のビフォーアフターなどを載せていきます。