時折、話題に上るネタの一つに、どんな砥石で仕上げた包丁が調理に向くのか。というのが有ります。自分としては、過去から半ば意識せずに仕上げ砥を用いてきたので、そんな事で何故意見が分かれるのか不思議に思っていた程です。しかし、厳然として中砥派が存在する様です。曰く、切れが長く持つし食材に対して滑らないので作業が速いとか。
そこで、改めて代表的な中砥であるキングデラックス1000と、天然仕上げ砥で研ぎ分けた包丁を俎上に上げ、比較してみる事にしました。まあ、半分は以前から気になっていた、無くした柳の鞘の黒檀ピンを買いに行ったついでに購入した皮むきの、本刃付け方々試してみよう。程度の思いつきです。
先ずは新品の状態から
GC240番で切り刃を均します。
お待ちかねのキングデラックス1000番です。刃先は普通の糸引(大きめ)。
一応の仕上がり
刃先の拡大画像。
使用食材その1
ストウブのオーバルで、重ね煮みたいな。この後、研ぎを変えて刻み、半分追加。
使用食材その2
ダッチオーブンで餃子を。
使用後の状態
刃先拡大画像
研ぎ上がりから存在していたギザギザ(大きな研ぎ目)が残存していると言うよりは、拡大再生産されている様にも見えます。
巣板で刃先を整え、中山の黄色いので仕上げます。刃先は普通の糸引(大きめ)。
刃先拡大画像
同一の食材を、ほぼ同量刻んだ使用後の状態です。掛かりが鋭く、切り抜けは軽い。しかし、一定量使用後は徐々に刃先の摩耗を感じ出す。
刃先拡大画像
刃先最先端が少し摩耗して見えます。
此だけでは、天然と人造の違いも加味されるのでキングの8000番で研いだ刃先も少し比較します。(他にも、切り刃が整って来ている為に抵抗が減少している可能性も有るので。)下画像は、上画像の状態から糸引きのみ研ぎました。刃先は普通の糸引(大きめ)。
刃先拡大画像
使用後の刃先拡大画像
天然仕上げに比べ、使用量は数分の1にも関わらず、捲れが目立ちます。
画像は有りませんが、同じく切り刃が最も整っているこの状態で、再度キングの1000番でも試しました。結果はやはり、整って来た切り刃の効果で走りの抵抗は減っている物の、掛かりの荒さと食材の切断時の摩擦は気になりました。しかし、この状態では切られた食材の表面の荒れは比較的穏やかで、切り刃自体の貢献度は予想以上とも言える物でした。
此方は、以前天王寺の一心寺向かいの刃物店で購入した同様の物。かなり切り刃の形状を含めて研ぎ進めて有ります。本来は野菜の皮を剥いたりが担当ですが、切れ良く小回りが利き、少量の食材なら此だけで調理を済ませる事もしばしば。
下は、今回のサンプルになった包丁の最新の姿ですが、今後数回の研ぎを経て、上に近づいて行くでしょう。
ミニマムな包丁によるミニマムな実験でしたが、幾つか再確認出来た項目がありました。
① 仕上げ砥(天然・人造共に)は中砥に対して、初めに切れ込む際(掛かり)の鋭利さで優位。引き切り(走り)の間の抵抗が少なく、手応えが軽い。よって寧ろ作業は速くなる。
② 人造仕上げ砥は天然仕上げ砥に対して(少なくとも刃を当てる角度に依っては)滑る傾向があり、刃先の摩滅よりも捲れが出易い。
(後になって考えるに、基本的に人造砥石ではツルツルまで仕上げると滑り易い所を、研ぎ目が残っている場合は、其れが対象に掛かる角度で有る限りにおいては滑り難いだけかも知れません)
③ 刃先の仕上げが人造・天然の違いと同等以上に、特に走りに対しては切り刃の面構成(面の滑らかな繋がりと角度或いは厚みの効果的な変化)が重要。
(④ 人造中砥の長切れする感触は、大きなギザの先端が毀れても元々の(食材・俎板に)引っかかるザラ付きに変化を感じ難い、或いはギザが剥離する際に新たなギザを発生させるので以下同文と考えられるのではないか。)
こんな感想を得た実験でした。俎板にも依るのでしょうか、キンデラで良く切れる・刃持ちが良いとの意見を持つ方は、どんな研ぎ方・切り方をされているのか・・・分からないので如何ともし難いですが、余程上手く砥石や包丁を使い熟しているとか?逆に仕上げ砥が活かせていないとか?
ですが間違いなく、今後の人生で人造中砥仕上げを選んで調理に使う事は無さそうです。私の技術では天然仕上げ砥石でないと、自らが望む性能が出せない様です。
最後は余談になりますが、今回の包丁を買う際に刃物店で出た話題の一つに、ある共通の知人が研いだ包丁を、信用出来る親しい寿司店に試して貰いに行ったと言うのが有りました。それなら今度行く時には自分の包丁もと思い、たまに通っているその寿司店に、本日持参した柳を僅かですがテストして貰って来ました。
結果は、使える。此だけ切れれば御の字だと言う事でした。自分のより切れるかも、とも。私が魚やそれ以外も含めて、テストをしつつ気付いた問題点には対策を施した現在の仕様は、余程ピーキーな要求でも無い限り問題が出ないのは分かっていました。
しかし敢えて頼んだのは此の柳が、手持ちの中では最も刃先までの厚さが残るきつめのハマグリだったからです。とても欠けやすいので、そんな仕立てになっては居ますが使用に於いて問題無しと判断した結論を、追認して貰うのが目的でした。
つまり、此で問題無ければ他の包丁には心配が無くなります。そしてテストをしてくれる料理人は、現在は其れだけでは無いものの、元来は本焼きのベタ研ぎを好む、切れに拘る店主です。その人に、切れに不満は無いとの言葉を頂けた事は大きいです。しっかりと正確に角度が出ていれば、刃先まで極端に薄く厚みを抜く必要性は低い。
勿論、仕事の内容や好みに依っては一概に言えませんが角度の変化と切り刃の面構成により、上記の店主にも認められる切れは出せた訳です。事実、出刃なら此の刃付けで丁度なんだが。とも付け加えられましたので、刃持ちと切れの両立と言う意味から、「頑丈さと長切れを伴いながらも良い切れ味」との私の理想を図らずも体現してくれた、少々駄々っ子の柳には感謝でした。あと、今日も旨いネタで寿司を握って頂き、有難う御座いました。