本日、日野浦さんからの包丁到着が凡そ確定しましたので受講生のK様(長らく御待たせ)、もう一人のK様(運良く短め)、砥石館常連様(三本中の一本、残り二本は次)には三徳包丁納品の目処が立ちました事を御報告いたします。
磨き・黒打ち(二本)が週明けには当方に到着予定です。柳を御待ちの方々には、もう少々我慢の程を御願い致します。これ等を待っている間、手が空いていたので最近気になった事柄を試していました。(柳の大半は私が研ぎを施してからの発送なので)
砥石館に置いてある、商品としての包丁や研ぎサンプルとしての包丁の直しをしている際に、現地の様々な砥石を使う訳ですが、大抵は御決まりの数種に成ります。其れは研ぎ体験希望者への最終仕上げ砥石としても使われ易い物で、中山産水浅葱・若狭産戸前・菖蒲産浅葱です。
個体として最も硬いのは菖蒲で以下、若狭・中山と並びますが右二つは大差有りません。しかし、明らかに研がれた刃物の切れが違います。(硬さは勿論、砥粒の目の立ち方・泥の出方の何れも各産地・各層に固有の特徴では無いので、此処では余り重視せずに願います)特に違いが顕著となるのは組織が粗い刃物と熱処理が不正確と思われる刃物(焼き入れ温度が低いか戻し損ない・加工時の焼き戻り?で硬度が低い・保持時間が長いか鍛造不足?で炭化物が大きい)
一般に、正しいとされている考え方に「硬くて細かい砥石を、返りが出ない範囲で刃先の左右(表裏)撫でてやれば、最先端の整列と細かい仕上がりになり、大抵は切れる刃先に成る」というのが有ります。私も基本的には同意ですが、それだけでは解決困難な事例もあります。砥石館では各人各様の刃物を持ち込まれますので、自分の手持ち以外の色んな状態やレベルの物に触れられました。それに比べれば上記の研ぎ直した二種は標準の範疇では有りますが、性能をフルに引き出すのが難しい部類だと感じました。普通~普通以下で良ければ簡単なのですが。
最初は炭素鋼とステンレスの違いも有るのに、揃ってAの砥石で切れず、Bの砥石では切れるのが不思議でした。しかし更に試すと、切れる砥石Bと他の切れる砥石Cの結果が同一では無い事にも気づきました。切れのレベルと其の持続の違いですが、砥石館に複数備えてある顕微鏡で逐一確認しつつ、試し切りをして傾向が見えて来たと考えます。
やはり、人造と天然の大きな違いである砥ぎ目の多寡と深浅は、天然砥石同士の比較に於いても厳然と影響する様です。殆どの場合、研磨が速い(つまり研磨力が大)砥石は刃物表面に研ぎ傷が付き易いです。しかし、研ぎ傷が(実用上・或いは理論上悪影響を与えない程に)小さい場合は、寧ろ対象物への掛かりが良い刃先として機能します。此れに対して、更に研ぎ傷が小さい・或いは殆ど無いと表現可能な刃先には、刃物の(鋼材由来の但し製造段階で千差万別の)組織その物の荒さが現れた状態に成っています。
上記、二つの状態は、初期切れには前者・永切れには後者が優れる可能性が高いです。何故なら、(高品質な砥石前提ですが)明確で均一な刃先の研ぎ傷の方が、金属組織由来のランダムなセレーション(波刃)よりも、安定して対象に接触し続ける事が出来ると考えられ、逆に(強引に研磨剤で消すのでなく)砥ぎ目が付かないレベルの控え目な研磨力で砥がれた刃先は、強度が高い構成物(炭化物など)の残存が耐摩耗性に有利だと考えるからです。余り砥ぎ目が明確だと、それが摩耗した時との差が大きいのも有りますね。
此処までは、以前から記載していた内容に準じる部分が多いです。しかし鋼材によって最適な粒度が違う等と言われて来たレベル以上の、相性の本質は、「組織の荒さ(山と谷の頂上)の先端に明確な砥ぎ目を付ける・或いは砥ぎ目を消す」のか、「砥ぎ目の先端に更に細かい砥ぎ目を付ける・或いは砥ぎ目を消す」も含まれるのでは無いか。前者は天然同士でも良いし、後者は人造から天然が適するでしょう。少なくとも、一筋縄では行かない難儀な刃物には効果的でした。飽くまでも、粒度の差が少ない仕上げ砥石同士が前提です。荒砥・中砥ベースでは永切れしませんので。あ、引き千切るのは出来るでしょう。(出来の良い刃物であれば、此処までの工夫は必要ない場合が大半です)
以上の事を踏まえると、砥石館に有った(個体差は有ります)最終仕上げに適した砥石三種は、①研磨が速くて形状を整えて掛かり良い砥ぎ目を付ける若狭戸前。②優しい当たりで傷を入れず寧ろ傷消しに働く中山水浅葱。③硬く滑らかな砥面で刃先の細かい整列を促す菖蒲浅葱。と言う、図らずも各々の特徴的な働きで仕上がりの差別化を齎(もたら)してくれていた訳です。しかし、ハマグリ刃なら刃先への異なる砥石でのアプローチも可能ですが、両面が平面の場合は困難ですね。精々、砥石の効果の上書きで二種のミックス狙いと言う所でしょうか。
結果的に、研ぎ直しは巣板仕上げからの最終、若狭(田村山戸前浅葱)で仕上げましたが、組織が粗く硬度も低い二丁の包丁をキッチリ切れる様にしてくれました。今回は、研磨力の強さと其れに伴う適度な砥ぎ目を利用して砥ぎましたが、平面の刃物ならば砥ぎ目は付き難いですし、泥を出してから・共名倉の使用など、幾つも仕上がりを変更可能(そもそも石毎に個性も有り)ですので、此れしか無い・こう使うしか無いとは受け取らないで欲しいです。寧ろ様々な知識を駆使して最大限、砥石の性能を発揮させ、然る後に刃物を活かす方向に繋げて行かれる事を願います。
以下は、例として手持ちの観察をした画像です。モバイル顕微鏡では、砥石館の光学の明るい奴には描写力で及びませんが、参考までに。
青紙の切り出し
炭素鋼のペティ
田村山の戸前
中山の並砥
中山の水浅葱
奥殿の天井巣板
普段、仕上げに使う事の多い砥石達で普段使いの刃物に試してみました。研ぎ目の大きさや付き方、光り方(仕上がりの細かさ)が其々に異なっています。従って、刃先の性状も其々です。
此の違いこそが刃物の個性を引き出す武器であり、好みの切れに調整する際も役に立ちます。鋭く掛かる刃先・滑らかに切れる刃先・耐摩耗性に優れる刃先等、使い方や組み合わせ方で、かなりの幅を持たせられます。全ての刃物に、自在に随意の刃を付けられれば良いのですが、簡単では無いですね。