検査の準備

 

包丁は、普及品の利器材使用品(新品)との対比用に、手持ちの中からやや高級な利器材使用品の包丁(新品)、手打ちの包丁(新品)を考えており、加えて手打ちの包丁に研ぎを施した物で仕上がり形状の違いが出ればと思います。

 

その研ぎの種類として、刃先以外はほぼベタ研ぎで、切り刃の厚みもほぼ一定にした物の例です。これは、包丁の身自体が刃元から切っ先に掛けてある程度テーパー状に造形されているからです。

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白巣板仕上げ

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これも刃先以外はほぼベタ研ぎながら、切っ先に掛けて切り刃の厚みを意識的に抜いた物です。これは上記の物とは違い、両端以外は身自体の厚みの変化が少なかった為です。

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敷内曇り仕上げ

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此方は身のテーパーがかなり強調されている仕上がりだったので、切り刃の厚みは一定気味。しかし鎬から刃先まで極緩いハマグリ刃にしてあります。やや欠けやすい白紙一号Aである事も関係しますが、普及品の大半が多段・若しくはハマグリ風の刃付けになっているのと対比が出来ればとの想いからです。

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千枚仕上げ

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最後にもう一度研ぎ直した普及品の切り出しです。

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研磨の精度

 

これまで研ぎに於いては、刃の厚みや角度の連続的且つ不可逆的な変化、また面の連続性・平滑性・平面度合いの向上を重視しつつ取り組んで来ました。それは刃先の切れ味と並ぶ重要項目である、「掛かり・走り・抜け」に直結するからです。つまり対象に切り込み始めてから刃が受ける抵抗(スライドしつつ進むので縦横2種類の方向からの抵抗になりますが)が一定・或いは軽減しながら切り進む状態に仕上がるかどうかに関わります。これが実現されれば、綺麗に野菜の皮を剥く・切り分ける、肉や魚を傷めずに切ると言った事が出来るだけで無く、それに必要な筋力も少なくて済みます。

しかし製造段階での刃身の状態や出荷直前の刃付けにより、どの程度研磨すれば問題無いレベルにまで仕上がるかは大きく左右されます。大まかに言えば値段の高い製品程、良い状態で販売されている確率が高い訳ですが、各項目全てに十分なコストが掛けられる最上級品を除き、材料・デザイン・本体の表面処理・刃身や刃付けの歪み取り等、それぞれ何処かに絞られています。勿論コスト以外にも製造側の技術的な限界もあり、一定以上のレベルに仕上げるには多かれ少なかれ購入後の調整研ぎが必要になります。(和包丁は洋包丁よりも調整範囲が広く、より大変になります。)

結果として、安い刃物だから研ぎも安く済ませたい、といった感覚は良く理解出来る物の、現実的には逆に正確な状態に仕上げるまでのハードルが高くなります。使用されている鋼材は硬度の低い物が多い為、研磨は楽に思われそうですが、これも逆に粘りが強すぎて返りが取れなかったり下りが悪くて刃が付きづらい事も多いです。従って快適に使える仕様に調整するには研ぎ手や砥石に要求が多い刃物とも言えます。

上記の「掛かり・走り・抜け」では刺身など、主に引き切り(プルスライド)の場面で重要になりますが、反対に押し切り(プッシュスライド)の場合は楔効果で割り開く働きが得られ、植物性の繊維を断つのに効果的です。効率的では無いので薦められない刃を真っ直ぐ押しつける落とし切り(ドロップカット)では関係ない様に思われますが、この場合も切り刃の断面形状によって対象への侵入時の抵抗が違ってくるので、最低限「直圧による刃の通り」だけでも考慮するべきだと思います。

 

以上の要素を突き詰めてきちんと研げているかを研究する為、遠からず産業総合研究所的な施設で平面精度や表面の平滑度合いを検査して貰う予定で居ます。具体的には凹凸を色違いで画像に表したり、厚みの変化のバラツキの程度が可視化出来ないかと考えています。そこで手始めに普及品の切り出しを仕上げて新品との違いを確かめる準備です。

 

新品時の画像

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一端ここまで仕上げましたが

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GC240番、電着ダイヤ1000番、キングデラックス1000・1200番からのシャプトン1000・2000番

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敷内曇り

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白巣板蓮華

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本戸前

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千枚

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カミソリ砥

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他には、下画像のホームセンターで販売されている三徳包丁に対して、自分の手持ちの三徳の新品、更にはそこから研ぎを加えた物で比較して違いを見たいと思います。包丁の値段の違いによる差異が明確になれば、それぞれの値段なりの包丁の価値が再認識され、的確に目的の形状に研磨されている事が実証されれば、研ぎの正確性や重要性が確認出来ます。

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新入りの最近の状態

 

まずまず形が整ってきたので、地金の厚みをテーパー状に抜きながらほぼベタ研ぎ・刃金の部分のみを鏡面状態でややハマグリに仕上げました。更に傷を無くせば完全となります。

先ずは先日の加藤さんの三徳 五寸五分 刃金は白紙一号A   との事

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次に中屋平治作 三徳 六寸 刃金はスウエーデン鋼

(これは新入りでは無いですが三徳同士の比較用)

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最後は司作 三徳 六寸 刃金は白紙二号A

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どれも刃金は組織の細かさ・硬さ・粘りで(バランスはそれぞれ乍ら)文句なく、当然切れ味も良いですが、特筆すべきは研ぎ易さも備えている所です。この硬さからは想像以上の下りで、面が揃ってからは特にその傾向が顕著です。地金も同様で、特に加藤さんの物が硬口の砥石で地を引き難い様ですが、他の二つも標準的な物よりもかなり優れています。とは言え、完全ベタ研ぎで全面鏡面は大変なので、刃金の辺りをカミソリ砥で、地金は巣板で仕上げました。これなら幾らか手軽に出来ます。コントラストとしては一番分かり易いのかも知れません。

 

説明文 8               (研ぎ屋むらかみHPより)

共名倉について

 元々は名倉砥石という砥石があり、単体で使用されていたものの、他の砥石に摺り合わせ、研ぎの補助として砥泥を出す用途にも使われ出した為に代名詞的な呼称になったと思われる。(その主たる目的以外に、砥石本体の目詰まりを取る・目起こしをする・平面維持を助ける働きもある)同じ用途でそれ以外の砥石が使われる場合は共名倉と呼ばれる。一般的には仕上げ砥たる巣板・合砥に対して、同系統の砥石が使われる状況を指す。そもそも補助を必要とする状況とは、大きく分けて以下の二つの場合だろう。一つは研磨力の向上を企図したもの、もう一つは傷を消す為のものである。

 前者は文字通り、研磨力の劣る砥石に研磨力の期待できる共名倉を摺り合わせて、作業効率を高める為の使い方である。この場合、次々に砥泥が出て新しい砥面で研げる柔らかい砥石よりも硬めの砥石、そして砥粒の目が立っている砥石よりは寝ている砥石にこそ使われるのが順当である。その為、これに合わせる共名倉には逆に、余り硬くなく、砥粒の目が立っているものが望ましい(仕上がりを問わず、研磨力優先なら硬い共名倉を使う事もあり得る)。

 後者を更に分類すると、傷(研ぎ傷・研磨痕)を消す為のものと、傷が入るのを防止する為のものがある。傷を消す使用法は、硬軟どちらの砥石に対してもあり得るものの、共名倉としては兎に角より細かく、より柔らかく、尚且つ砥粒の目は適度に立っているものが目的に適う。余りにソフトな当たりでは、前段階の傷を消せない為である。

 傷の防止とは、特に硬口で目の立っている砥石の場合は地金を引く(軟鉄部分に引っ掻き傷を作る)ことが多い為、予め研磨の潤滑材として、研ぎ汁(水+砥石から剥離した砥粒+研ぎ下ろされたれた金属粒子)が出る前から砥面上の水膜にコロイド状に砥粒を分散させておくものである。

単にベアリングとクッションの役割だけで良ければ、砥粒は大きく、柔らかく、目の立っていないものが最適である。しかし求める研ぎ肌の仕上がりや刃先の切れ味によっては、潤滑性能とのトレードオフにはなるが、砥粒の性質を硬く、細かく、目も立っている方向に変更する必要が出てくる。つまり傷を消す事と傷を防止する事はかなりの部分、二律背反の関係にある訳だ。しかし使用者の選択一つで、同じ砥石でも共名倉の違いにより切れ味は勿論研ぎ肌も違ってくる。地金・刃金双方の景色が透明感のある明るいものから、陰影に富んだ渋い仕上がりまで、様々な表情を見せる。正しく、天然砥石の対応出来る幅を広げ、刃物の性能や美観までもアレンジしてくれるものである。

やや特殊な例としては、剃刀の最終仕上げで使う砥石は、名倉の精粗で三段階の研ぎをそれ一つで済ませる事があるという。これは超堅口の砥石一つに三役を担わせる、つまりこれまでに述べてきたほぼ全ての名倉の役割を総動員する使用法と言え、その為かつては土台たる砥石は兎に角硬くて細かければ、後は名倉で何とかなるとまで考えられていた節もある。本来は砥石そのものも吟味されるべきであろうが、確かに究極の名倉活用法ではある。もし本当にそれが出来ていたのであれば、その名倉が途轍もなく優秀であった証左となるが、現在そのような名倉砥石は稀少であり、検証するのも簡単では無くなっているようだ。

注)

その後、知り合った方から厚意で頂いた黒名倉は性能的に満足出来る物で、仕事内容により、使わせて頂こうと考えています。又、同じく(別の知人から)頂いた三河のボタンは普通に研げるサイズであったため、泥を出す用途では使っていません。

説明文 7               (研ぎ屋むらかみHPより)

 使用砥石(天然仕上げ砥石)について

 私が主に使用している砥石は殆どが砥取家製の巣板・戸前・合いさの他、カミソリ砥、及びそれに準じる硬度・粒度の物として、千枚・八枚系を標準以上の仕上げ、又は鏡面近く仕上げる場合の下研ぎ用としても用意しています。

 カミソリ砥クラス(大谷山戸前浅黄・御廟山戸前いきむらさき等)は、美観や錆対策としての鏡面仕上げもさることながら、刃先の切れ味と長切れに大いに貢献してくれます。特にステンレス鋼は、炭素鋼の刃に対して鋭さ・食い付き・長切れで、不満が出易いので必須の物だと感じています。

 通常良く使っている砥石達です。(断りが無い限り丸尾山産です)

 敷内曇り各種(硬さ、細かさや切れ味・刃金と地金の仕上がりのムラ等それぞれ違う物)

  白巣板各種(白巣板巣なし・蓮華・黒蓮華がかった物等)

  卵色巣板各種(紅葉の他は敷の緑色系統細かさ違い、黒づけ坊主っぽい物・天上の堅口等、硬めで平面を出し易い手の平サイズ)

  千枚・八枚

  大谷山戸前浅黄(硬さ・細かさ・仕上がり違い。ただ相性次第の事もあり)

  御廟山戸前(いきむらさき・色物等)

  その他、八ノ尾の八枚らしき物、水木原の卵色巣板らしき物、山不明の鏡面仕上げ用レーザー型各種等

  共名倉について

  これまでに身近な所で手に入れた白・黒名倉があまり使い勝手や仕上がりが良くなかった為、共名倉を使用しています。良くなかった点である、過大なクッション性・研ぎ肌の不均一性・刃先形成の不完全さがほぼ解消され、満足いく仕上がり・操作性・作業効率に改善されました。特に重宝しているのは、使用砥石や研ぐ刃物、狙いの仕上がりにもよりますが、丸尾山の敷内曇り(蓮華混じり)・八枚・大上二種(墨流し模様入り)です。但し、これらは特に切り刃全面を鏡面にする時に使用するもので、そうで無い限り殆ど必要ありません。他には巣板の研磨力を増強する為に一本松の戸前二種を共名倉に使用する場合があります。

基本的にステンレスはカミソリ砥クラスの仕上げとしています。炭素鋼(合わせ)は相性次第で、巣板でも十分な目の細かさ・切れ味に仕上がれば合格。十分でなければ千枚・八枚クラス、又はカミソリ砥クラスで刃金の調整(刃先だけでは無い)をしています。

説明文 6               (研ぎ屋むらかみHPより)

    天然砥石と鋼材の相性

  現代では純炭素鋼・特殊鋼・ステンレス鋼が主な刃物の材料となっている。純炭素鋼はその名の通り、鉄に炭素が加わった物、特殊鋼はそれにタングステンやマンガン、コバルトなどを加えて対摩耗性や靱性を上げた物、ステンレスは更にクロームやニッケル、モリブデンなどを加えて耐腐食性を上げた物である。

  上記の他に、製造法の分類で、粉末冶金法により製造された物がそれぞれにある。代表格は、粉末ハイス(粉末ハイスピードツールスチール)と呼ばれる粉末特殊鋼と粉末ステンレスで、いずれも製造段階で、素材が均一に分散されるようにパウダー状態で撹拌された後、型の中で高温焼成して出来上がる。通常の製造法(液状での撹拌)に対して組織の緻密さ・ムラの無さで切れ味・刃持ち共に向上している。又、ステンレスの中には炭素の量をこれまでの常識の1%前後以下から、鋳鉄に分類されるような3%前後にまで増量した物まで存在する。炭化物が巨大になりにくい特徴を生かしてこれまでに無い高炭素含有量から高硬度を実現し、ロックウェル硬度で65度以上の実用硬度を可能としている。

 さて、天然砥石が使われ出して、最も長い付き合いである処の刃物用鋼材は純炭素鋼なので、相性が良いのも当然だろう。穿ってみれば、炭素鋼に相応しい砥石が探査・珍重されて来た歴史そのものが日本の研ぎの文化・歴史とも言える。異常に硬度を高く設定しない限りは、粗砥・中砥・仕上げ砥まで問題無く対応出来る砥石が多く、肌理の細かい研ぎ肌と、精細な刃先となりやすい。 焼き入れ・焼き戻し・鍛造の各工程の成否が即、仕上がりに直結し、成功すれば十分な実用硬度とそれに釣り合う粘りを両立させ、その強度からは想像が出来ない研ぎやすさを備える。硬すぎ・柔すぎ・荒すぎという明らかな不良が出ない限りは、最も天然砥石に適した鋼材と言える。

一般的な例では、日立の白紙系統がある。(他に不純物がやや多い黄紙系統もある。但しこの二種は水焼き入れ推奨で難易度が高い。)

  特殊鋼と呼ぶべき鋼材は同じく日立の青紙系統やハイス鋼(高速度工具鋼)等があるが、これらは耐摩耗性や靱性が強化されているだけで無く、添加されている成分が結合して大きな炭化物が出来やすい特性がある。その為、砥石の研磨力が不足しがちになったり、研ぎ肌の肌理が粗くなりやすい。勿論、製造過程によっても大きく差が出る部分であり、それぞれについて改善策を講じれば、マイナスの要素の軽減を図れるのだが、状態が良くない仕上がりの例としては以下の症状が現れる。

  1:刃先の粘りが強すぎて、返り(刃返り・バリ)が取れにくい

  2:硬く、巨大な炭化物が広範囲に研ぎ面に出て砥石に当たる為、下りが悪くなる(難研削性)

  3:組織が荒く、研ぎ肌や刃先が精細に研ぎ上がらない(刃の掛かりが甘い)

 上記三項目は、全ての鋼材に起こりうる忌避すべき状態であるが、添加物の種類・量共に多ければ多い程、その増加傾向はより顕著となる。つまり、純炭素鋼-特殊鋼-ステンレスの順で研ぎに対する悪影響が少ないと言える。但し、これらの添加物は焼き入れ性にはプラスに働く。即ち熱処理における失敗が起きにくくなる。青紙は油焼き入れも可能で、ステンレスに至っては、1000度少々に加熱した後、空気中に放置するだけで焼きが入る物も多い。

そしてステンレスの研ぎに関する特徴として、よく言われる代表的なものは砥石の上で滑る・返りが取れなくて刃先が出にくい等である。恐らく一般に出回る鋼材の中で、これまでに挙げたマイナスの要素が際立って体験しやすいものがステンレスだったのだと思われる。純炭素鋼と特殊鋼の差に比べて言及される度合いが極端に多いように見受けられる。確かに高硬度であれば尚更、そうで無くとも耐摩耗性や靱性の高さという難切削の要因があれば、全ての砥石に対して困難な相手と見做されるだろう。ましてや配合される研磨剤で強引に削り落とせる人造砥石とは異なる天然砥石ともなれば言うまでも無い。

 しかし、研削では控えめな性能と評価されうる天然砥石でも、こと研磨の段階に於いては、その性能を最大限に発揮できる。適度な研磨力により返りが出にくく、又砥粒の自己破砕性により出た返りも小さく薄く加工されていく事で、刃先に対する負担が少なく除去できるメリットがある。それは、金属部品に付いている大きく厚いバリを強引に引きちぎったり、何度も折り曲げて破断させる様子を想像すれば容易に理解できると思う。

 つまり、天然砥石を使う価値は、純炭素鋼に対して多くの面で相性が良いだけでは無い。殆どの鋼材に対して特に最終仕上げの段階で、特有のメリットを理解して合目的的に使用すれば、他では得られない操作性・仕上がりを自ずから可能にする所にある。

  参考までに、粉末と非粉末の素材に対する相性であるが、巨大炭化物が表面の大きな面積で当たらなくなる為、研磨に於いては研ぎやすくなる。また刃先や研ぎ肌も均一にになりやすい点から、粉末鋼の方が相性は良い事になる。卑近な例として個人的体験では、アメリカ製ナイフのハイス鋼は鋭利な刃先・均一な研ぎ肌は困難であったが、HAP40の鉋の刃先はどちらも可能であった。刃物の種類や構造が異なるものの、それを差し引いても格段の差を感じる事ができた。

 但し、粉末冶金の特性を生かす観点から大量の炭素を添加した物は、相性を合わせるのは容易でないかも知れない。自身の体験でも、ロックウェル硬度67.3程度のカウリXの自作刃物では、未だ完全な刃先・均一な研ぎ肌には至っていない。

  最後に具体的なステンレスの例を挙げておく。V金10号とV金2号のコアレス、V金10号ダマスカス、DPコバルト、8A,モリブデンバナジウム、100均の包丁などの鋼材全てで、指先に摘まんだ毛髪を切断できる切れ味にすることは可能だった。しかし例示した鋼材の内、後半になるほどカミソリ砥の必要性が高くなった。逆に前半では、巣板や合砥のレベルでも可能であり、これは炭素鋼に近い鋭利さである。恐らくは材料そのものの性能・品質と、製造工程での手の掛け方の違いもあろうが、使用に際しての大きな差は切れの滑らかさだ。同じ毛髪を切る段でも、刃先の掛かりと入っていく時の毛髪の振動が大きく異なる。しかし実際はそれよりも圧倒的に長切れと外力に対する強さの方が印象に残るだろう。一見異なる性能に見えるこれらは基本的な組織の細かさと、それを生かす適切な熱処理の賜物と言える。つまり切れ味追求の観点からは、硬度が低く組織の荒い後半よりも、硬度は高いが組織の細かい前半の方が砥石に対する要求が低いと言える。低硬度・粗雑な組織であるほど、高硬度・緻密な砥石でないと満足な性能を引き出せなかった。恐らく粘りが過大で粒子の大きな組織を、鋭利な角度で一直線上に並べるには、変形しない硬い砥面と大きすぎない研磨力、そして鋼材に転写されるべき細密な粒度が不可欠なのだろう。これらの事から、例え比較的、硬度が高く強靱であっても、緻密な組織の鋼材の刃物の方がより天然砥石には相性が良いと思われる。少なくとも、人造砥石の様に精粗・硬軟、あらゆる鋼材に均一な研ぎ目を付ける事は得意では無いからだ。飽くまでも鋼材の持つ特徴を引き出す方向性が、天然砥石を使用する上での勘所となる。

説明文 5               (研ぎ屋むらかみHPより)

天然仕上げ砥石の特徴について

 1:切れ味を引き出しやすい

   *研磨力が適度な為、刃先に「返り」(刃返り・バリ)が大きく出にくく、研ぎ傷が消し易い。

   *研磨が進むに従い、砥粒が微細になるため、仕上がりの番手を調節出来る。

 2:永切れ効果

   *鋼材の組織中の軟質の部分を優先的に研ぎ下ろす為、刃金表面を特に硬質の部分で

     揃える事になり、実質的に対摩耗性が上がる。又、天然成分による緩やかな表面的な

     腐食で硬度変化の可能性もある。

 3:防錆性能

   *研磨剤としての砥粒の硬度が低く、鈍角な形状の為、鋼材に深い傷を付けにくい。即ち表

     面積が大きくならず、錆の発生が抑えられる。又、鏡面に近づく程錆にくくなって行く。

 4:材料それぞれの研ぎ肌を表現できる

  *刃金(鋼鉄)と地金(軟鉄)で構成されている刃物であれば、その硬度差により、違った仕上

    がりの研ぎ肌となって現れる。人造砥石では、一律の研磨状態となるところ、素材の違いは

    勿論、同じ地金の中でも刃金由来の炭素の移動による景色の違いが現れたりもする。

    材料二種の硬度による違いだけでなく、刃金単体であっても「鋼材の組成、鍛造の程度焼

    き入れ・焼き戻しの違い」による「硬さ・粘り・組織の細かさ」など、刃物の個性・バラツキよっ

    ても研ぎ上がりが変わってくる。それは一つの天然砥石で全ての刃物を均一に仕上げられ

    ないと言う事でもあるが、反面、個々の刃物に最適の砥石を探し出してやれる可能性がある

    事も意味する。

    研ぎ肌が綺麗である事は、只美観の為のみならず、総合的に刃物の刃先・切り刃がその鋼

    材なりの良い状態(研ぎ傷が消え、精細な刃先形成による鋭利な切れ味。光の反射にムラ

    が無く、表面積の小さい錆びにくい状態。)を実現できた指標ともなる。

    逆から見れば、過去の経験から特定の鋼材に相性が良いと判断できる砥石群を用いて、同

    一の鋼材の刃物を研いだにも関わらず、研ぎ上がりが違ったり、上手く研げなかったりする

    場合、今度は刃物の素性や出来を判断する材料にもなり得ると言える。

説明文 4               (研ぎ屋むらかみHPより)

刃付けと切れ味について

  物が切れると言う現象については未だ解明されていない部分が有るかもしれないが、一般的に切れ味と言われている手応え・感触については、影響する要素は大きく分けて二つだろう。一つは刃物の厚み、もう一つは刃の角度だ。

 厚みは対象物を削る場合は未だしも、切断する際にはまともに抵抗となる。端的に言えば、強度的な問題が無ければ刃厚は薄ければ薄いほど良く切れる。しかし実際は、強度や精度、果ては重量までも必要とされ、様々な厚みの刃物がその要求に基づいて制作されている。

 刃の角度についてもほぼ同様で、鋭角であるほど良く切れるが、強度が反比例する為、あまり極端な角度の物は特殊なものに限られている。

 上記は刃物一般についての傾向だが、鉋や鑿など刃渡り全域が終始対象に接触し続けるものと違い、むしろ対象より長い場合もある刃渡りにおいて、対象と接触する部分が移動しつつ切って行く刃物では、その際の刃の厚みや角度の変化によっても大きく切れ味を左右されることになる。

 例えば包丁では、厚みは目的の作業に必要とされる最低限の強度が確保されていて、角度はその作業時間内に切れ味が低下し過ぎない範囲で鋭角であれば切れ味に不足は無い理屈だ。

ところが実際に刃をスライドさせつつ切り込んで行くとなると、対象に接するのが後になる部分ほど厚みや角度が小さくなければ楽には進んで行かないもので、少なくとも後の方が厚い・鈍角では話にならない。現実には、どちらか一方だけでも条件を満たす事を目指さざるを得ない。

 ところが、出荷前の刃付けの段階で峰から刃先・刃元から切っ先にかけて正確にテーパー状に厚みが抜けている仕上がりと共に、刃先角度がその鋼材の特性と刃物の使用目的に応じた角度で研がれている事は稀である。刃角は店頭に並ぶまでの破損防止と不注意なユーザー側の刃欠け対応で鈍角になっているのかも知れないが、厚みの方はグラインダーなどで刃元と切っ先付近が削り過ぎている状態が多く見受けられる。ユーザーが普通に研いでいたのでは刃元は長期間砥石に当たらず、調理の段階では食材を切りかけてすぐに中央の厚い所でブレーキが掛かってしまう。そして強度が落ちるほど薄くなった切っ先手前の切り刃とは逆に、すぐ後ろの峰の厚さが残り過ぎている事もブレーキになる。

このように、作業内容に見合った包丁の研ぎとなると、単に刃先の鋭利さのみならず、刃全体の厚みの変化や切り刃の肉の取り方、刃先の角度の繫がりが問題無いかをまず確認し、適宜目的に応じた対処が必要になってくる。(あまりに切っ先まで厚い場合は平をテーパー状に薄くしたり、刃の角度を先に行くほど極端に鋭角にしなければならなくなる)

 これらを踏まえると、魚肉を引き切る刺身包丁や出刃包丁、牛肉・鶏肉を引き切る事が多い牛刀は刃元から切っ先まで厚みや刃先の角度が緩やかに減少して行くように、対して薄刃包丁は野菜を押し切り(前方へスライドしながら切り下げる)使い方が多い為、あまり厚みや角度に変化が付かない研ぎ方が妥当と言えるだろう。

説明文 3               (研ぎ屋むらかみHPより)

ブレードの角度と刃の角度(包丁・ナイフについて)

  1.製造段階では、普通はフラットグラインドと呼ばれる刃先まで平坦に研削された物・コンベッ  クスグラインドと呼ばれる外に膨らんだカーブで研削された物・ホローグラインドと呼ばれる内側に抉れたカーブで、しかし先はやや厚みを持たせて研削された物が代表的である。(西洋剃刀はコンケーブというホローよりも薄く、先まで厚みが増えない研削である)

  2.和包丁の場合、表は平から先は大抵がベタ研ぎと呼ばれるフラットグラインドか或いは蛤刃と呼ばれるコンベックスグラインドである。しかも裏は裏梳き等と呼ばれる言わばホローグラインドになっている。これにより、表はある程度の強度を確保しつつ、同時に裏は切る対象が張り付くのを防ぐ構造になっている。(片刃構造)

  3.洋包丁の場合は、ブレードの背から刃先まで両側が均等なフラットグラインドの物が基本となる。しかし製造メーカーにより、左右の研削角や後述する小刃の角度を非対称に設定されている物もある。(両刃構造ながら、利き腕の側の刃付けが鈍角である方が、対象を削ぐように切る場合に抵抗を受けにくい。又、その場合切断するラインが利き腕側にズレにくい)更に、和包丁的に平からしのぎにかけてのデザインが取り入れられている物もある。

  4.ブレード本体の構造上の角度に対して、対象に切り込む刃先の角度は、大抵の場合、僅かに或いは遙かに大きく設計されている。大まかに言えば二段階の刃付けになっている訳だがこれは、切る対象に対して刃先の強度に余裕の有る場合と、そうでない場合でその二段双方の比率が違ってくる。

 4.1.刃先の強度が必要な場合、その組み合わせは本体鈍角×刃先鈍角であり、反対に不必要な場合は本体鋭角×刃先鋭角である。現実にはブレードの厚みも加わって、その間にいくつもの組み合わせが考えられる。例えば、鋭い切れ味は必要だが、外力に対する耐久性と耐摩耗性を必要とする場合、鋭角の本体角と鈍角の刃先角の組み合わせが考えられる。

 4.2.しかし、角度以外にも刃先に与える影響が大きい物として、二段目の研削面の幅の大小がある。これには糸引きと言われる、光を当てての確認が必要な程ごく狭い幅の物から、段刃と言われるかなり大きい物まで目的により使い分けられている。当然幅が狭いほど抵抗なく切り進むが、その分強度や耐摩耗性には劣る事になる。つまり、二段目の刃を付ける場合に限ってみても、広く鋭角の刃を付けるか、狭く鈍角の刃を付けるか、目的によって選択の余地があることになる。(洋包丁やナイフの二段目に付ける刃については、小刃と呼ばれる事が多い)

 4.3.糸刃については困難かも知れないが、段刃にはその段を無くし、蛤刃に仕上げるものも含まれるだろう。単に一段目と二段目のつなぎ目を丸めたものから、刃先まで無段階に緩やかカーブを描くものまで様々である。(欠け防止や長切れ目的で、段刃や蛤刃に更に糸引きを加える事もある)

  5.一段目の刃付けのままフラット又はそれに近い刃付けで使用されるのは、一部の人の和包丁や、大工・木工関係に限られてきている。現実には極限の切れ味や切削対象の精度を求めるので無ければ、製造段階は言うに及ばず使用者に於いても二段階・三段階の刃付けがなされている訳だ。

説明文 2               (研ぎ屋むらかみHPより)

   刃金の状態とその要因(主として炭素鋼について)

 刃物の性能の要となるのは鋼鉄から出来ている刃金の性能である。つまりこの炭素鋼がどういう状態に熱処理されているかで大きく特性が異なる。例えば硬度であるが、基本的に炭素量が多ければ多いほど硬くなるが、3%前後になってくると鋳鉄の範疇になり、粉末冶金でも無い限り、脆さが顕著になる。やはり1%を大きく超えない辺りが常識的な範囲となる。

 更に焼き入れの適正温度にも妥当な範囲があり、低すぎる温度では硬さは出ないものの、高すぎる温度からの焼き入れでは脆さや、却って柔らかくなってしまう事もある。又、刃物の厚さや形状によって、適正範囲内でも何処を選択するのが最適かの判断は経験が必要になるという。

 その鋼材なりの硬度が出る焼き入れが成功したとしても、そのままでは実用上、圧力や衝撃に対して耐久性に問題が出易いものである。そこで粘りを加える為の焼き戻しが必要になってくる。焼き鈍しは加工性を上げる為に硬度を下げたり、組織の炭化物が大きく育つのを改善するもので、これとは異なる。飽くまでも実用範囲における硬度を保持しつつ、欠けや折れを防止するもので、設定の硬度を下回っては意味が無くなる。

 この方法は、古来からの焼き入れ直後にそのまま炉で低温域内で再加熱後水冷する方法や、現在主流の温めた油に漬けておく方法がよく知られている。炉で温めるには基準の見極めが必要であり、油に漬けるには設定温度と保持時間の選択に掛かってくる。最適な解を見つけるのはどちらも簡単では無い。

 硬度と粘りだけでは刃物を語れないのは、やはりその鋭利さ故に求められる刃先性能が極めて

レベルの高いものになるからだろう。これがある程度の厚さを伴う先端であれば、剛性が助けてくれるし、薄くても硬度が必要ないなら、粘弾性の方に逃げられる所である。

 狭い面積に比較的大きな圧力や摩擦が掛かる刃物には、金属組織の状態が切るという目的に適しているかどうかも関わってくる。炭素鋼とは鉄と炭素が結びついた状態ではあるが、何処を取っても全てが均一な大きさや並び方をしているとは限らない。寧ろ、炭素が結びついた炭化物が大きく成りすぎたり、不均一に繋がり・分散していることもある。その例が、拡大した時に樹状や網状に見える組織である。これが即、質が悪いわけでは無いものの、傾向としてはやはり微細な球状の組織が均一に分布している方が鋭利な刃先の形成と耐久性には有利に働くだろう。

 これには焼き入れ段階で熱処理が適正であるだけで無く、以下の点でも注意が必要となる。

鍛接時の温度を可能な限り低く抑える。又、鍛造時、回数ごとに加熱温度を下げていく事。炉での保持時間を長くし過ぎない。冷間での鍛造を必要なだけ行う事など。金属試験では温度管理と打撃による外力の双方で球状化が認められている様だが、それを鍛冶仕事の中で両立出来れば出来上がった刃物の物性が適正、或いは安定しているのはある意味当然と言える。

  (鍛接温度が高すぎたり、炉での保持が長すぎると炭化物が大きく育つ。又、刃付けや刃研ぎ で温度が上がりすぎると焼き戻りで硬度低下や欠けが出るリスクが高まる。)

 注:此処では、「ロックウェル『かたさ』計」などで計測される金属の所謂『かたさ』を硬度と表記しています