「包丁と砥石大全」が出版されました

 

この度、誠文堂新光社から、社団法人研ぎ文化振興協会の監修になる「包丁と砥石大全」が出版されました。

内容は、専門職用を主体とした各種包丁の紹介・包丁別の研ぎ方・天然砥石の紹介とその使用法、実際に使用した場合の特徴・鍛冶屋探訪・刃付け屋探訪・料理人から見た包丁や研ぎ等となっています。

現在、本は未だ手元に届いておらず、紹介する為に資料となる物は以下だけです。最終稿の随分前に打ち合わせ及び確認用として送付又は手渡された原稿(を撮影した画像)で、刊行された内容とは同一で無いかも知れませんが、却って製作に関わった者からの紹介らしいのでは、と考えました。

 

 

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従来の同ジャンルの本と比べても、特に拘りの内容の豊富さと探求度合い、更に之までとは違った角度からの視点が印象的で、他と重複する部分が少なく、かなり個性が出せていると思います。既存の出版物に飽き足りなかった人や、常に上を目指す為に情報収集を怠らない人は勿論、「伝統が今に生きる」包丁関連・「現在から将来に亘る」天然砥石関連の情報が収録されており、今、正にこの分野に興味を持った人には最も鮮度抜群の情報をお届け出来る本になっています。

 

(自分の記事の画像が在りませんが、その部分はメールに添付されたファイルとして送られて来て、上手く取り込めなかった為です。しかし本の実物には少しですが記事が掲載されている筈です。1度目の人物撮影予定では何故か撮られず、二回目の機会では油断して散髪に行き損ねたままを不意打ちで撮られたもので、その顔写真を載せるのは恥ずかしく丁度良かった気もしています。まあ本には載っているんでしょうが。)

 

 

サンプルの予備 続き

 

前々回に引き続き、研究用のサンプルが届くまでの「予備の準備」シリーズです。豆鉋は、刃先が完全には揃っていなかったり、刃金部分がやや平面が甘かったり(僅かにハマグリに研ぐ癖かも)、研ぎ目が残っていますが、仮の仕上がりました。あと、切り出しの他はイカサキ(柳のスケールダウンとも見做す事が出来る)と三徳が三種よりは、出刃(ハマグリ刃の代表例)を加える方が良いと考え、普段最も使っている小出刃(五寸五分)を加える事にしました。

 

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双方共に、未だ仮の仕上がりと言うのが正直な所で、研究に掛かるまでに出来ればもう少し精度高く研いでおきたい所です。

 

 

余談ですが、所属している社団法人で監修した恰好の本が、来週半ばに出版されます。私は自分の書いた文章以外にも、結構な範囲について校正というか校閲みたいな事をしました。しかし、最後の最後でもう一度試し刷りの印刷物で確認出来るとばかり思っていたにも関わらず、そのまま製本の流れになりました。小さい頃から割合、誤字や脱字が気になる方で、印刷物を読んでいると実際、目に付き易いのですが、何故かパソコンなどのディスプレイでは気づき難い様です。ですから、出版後にチェック漏れが出ないかやや心配なのですが、どうせ漏れがあるなら気づかないよりは把握しておきたいので、手元に本が届けば、やはり注意しながら読んでしまいそうです。因みに、姉妹本のように三年前に先行して出版された大工道具 砥石と研ぎの技法 でも気になる箇所が在った覚えが在ります。今回の題名は、包丁と砥石大全 だったかと思いますが、書店で目に付いた折は手にとって御覧頂いても、そうそうがっかりしない内容になっていると思います。

 

 

業務連絡の様な物ですが

 

本日、牛刀と筋引きを受け取りに来て頂いたM様、昨日も直接お持ち頂き、てっきりお近くかと思っていましたがそうでは無かった由、恐れ入ります。

本日お渡しする際、之までの通例に従い(ノートパソコンで取り込んだ)研ぎの前後の拡大画像を確認頂きたかったのですが、丁度その時に固まっていて果たせませんでした。そういう訳で、お目に留まるか分かりませんが画像を上げてみます。全体や詳細はお断りしていない手前、省略します。

 

牛刀 刃部アップ 研ぎ前

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牛刀 刃部アップ 研ぎ後

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牛刀 刃先拡大 研ぎ前

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牛刀 刃先拡大 研ぎ後

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筋引き 刃部アップ 研ぎ前

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筋引き 刃部アップ 研ぎ後

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筋引き 刃先拡大 研ぎ前

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筋引き 刃先拡大 研ぎ後

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後で気づきましたが、逆向きの画像の方が良かったようです。双方右側を(筋引きは元からの構造に従ってですが)厚みに対応する為、小刃の幅を超えて肉取りをしました。それにより右は初期のオーソドックスな小刃付けから、緩いハマグリに僅かな糸引きとなりました。更に広範囲に研ぎ面が出る為、外観の纏まり上、大部分は天然入り人造仕上げ+刃先側2㎜程の天然仕上げ(黒蓮華・大谷山)にしました。

刃先の構造上の違いによる好みの評価は変わるかも知れませんが、斬れ味以上に刃の通りと抜けが向上していると思います。特に筋引きは魚を対象としているように見受けられたので、刺身もやりやすく仕上がる様に研いだつもりですが、双方共に何か有りましたら御連絡頂きますようお願い致します。有難う御座いました。

 

研究用の試料(予備)

 

研究サンプルの手配が遅れている為、急遽、以前にも東京の先生に試料として購入・研磨(天然・人造、双方研ぎ分け)して送った鍛冶屋に買い出しに行きました。物は同じく豆鉋で、材料も前回同様に青1と和鉄です。

 

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画像は、電着ダイヤ1000の後、キングの1000と1200を交互に数回当て、シャプトン1000と2000で大まかに形を整えた段階です。今後、再びシャプトンで面を出し、天然は合砥まで、人造は8000まで使って研究に使えればと思います。但し、1.3㎝×2.6㎝ほど有り、条件として出されていた、2㎝程の円形では無いので難しいかも知れません。無理なら初回は通常の刃物のみでスタートとなります。

 

 

因みに、前回送った二丁の豆鉋は以下の画像です。右が天然(敷内曇り)、左がキングの8000(近年の物より20年程前の方が仕上がりが良かったので、それにしました)

 

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IMG_0086_1青1和鉄豆鉋

 

 

 

錆び繋がりで

 

以前から各地域で水道水に含まれる成分が違うなと感じていました。例えば、二十年程前の岐阜県関市では、風呂桶に水を張ったら数回で水色っぽい粉末状の物が標準的な位置の水面近辺に付着しました。夏場などはシャワーのみだったので、風呂桶に入らず掛け湯の為に溜めるだけでも同様でした。

他にも三重県名張市でも十年程前までは上記に近い感じでしたが、数年前からはやや改善しているようです。その影響は例えば紅茶を淹れる時に味・水色・香り共に抽出が悪いなど、調理関連で気になっていました(出汁や調味料が一緒でも、大阪と同じ味になりにくいし)。只、それが水道水中に含まれる天然のミネラルだろうとは思いますが、投入される消毒薬や処理施設の種類も関連するのかは不明なままです。

これらが研ぎに影響を与えているとは、特別意識していませんでした。しかし、長時間の研ぎではやはり錆が出易いので、ある程度の目の細かさまで平や裏を磨いてしまう事は普通で、更に一度は濃すぎる炭酸水素ナトリウム水溶液も用いて皮膚が痛んだ事も有り、こちらは中止していました。もう一つ以前から、月山さんの包丁の扱い方を見るに付け、余り錆に神経質になっていないなと思っていました。改めて聞いてみると、明らかに自分の経験上、常識と考えられるレベルより錆びに対して警戒する必要が低い様です。使用砥石や研ぎに於ける操作などを勘案しても、水道水の影響が最も大きいのではと考えました。

以下は極端な例だと思いますが、六甲縦走路の端に位置する自分の通っていた大学周辺でも、利用されていた水にフッ素が極端に多く、その影響が歯の表面に現れ、歯くさりと呼ばれる地域が在ったと聞きました。かなり古い話で、現在では当然対処されている筈ですが、やはり各地の水質はばらついているのでしょう。

現在、ある企画に則した包丁を仕上げる為に、新品の包丁を纏めて研ぐ必要があり掛かりきりになっていました。新品と言う事は在りますが、予想以上に錆びやすいので面食らうと同時に、打ち合わせ時点でそんな話は聞いていなかったので、条件の違いを検討していました。そして一つの結論に達しました。それは塩素です。大阪では国内有数の高度浄水処理施設が導入され、水質は万全の筈ですが、妙に塩素がきついのかも知れません。何故なら、システムキッチンにシャワー水栓を付けるに当たって、当初必要性をあまり感じていなかった浄水機能付きにした所、明らかに味が変わったからです。そこで、浄水器を通した水に前回より濃度を抑えた炭酸水素ナトリウムを加えた水溶液をスプレー(現在は霧吹き)で吹きながら研ぐと、かなり錆の発生を抑える事が出来ました。錆の発生が抑制されれば、除去の手間も省けますが、そもそも刃物に悪影響が出る可能性を未然に防げるに超した事はありません。炭素鋼包丁に対しては、この方法が定番となりそうです。

 

補足です。研ぎ作業中は上記のような炭素鋼が対象でなくても(中断すると仕上がりに影響します)、電話や来客に瞬時には対応出来ませんので、御理解の程、宜しくお願い致します(店舗を構えている訳で無く、又、御依頼は基本的にメールにて承っており、電話でお受けしておりませんので)。あと、これまで数ヶ月、仕事開始からのサービス料金にて研ぎ依頼をお受けして来ましたが、近々改訂となりますので合わせてお願い致します。

 

包丁への塗布用油脂

 

これまで、自分の手持ちの刃物や依頼を受けて研いだ刃物には、ほぼ100%、油の類いは付けていませんでした。ステンレスでは通常環境で保管・運搬で錆が出る事は考え難く、また炭素鋼刃物も、一日から二日移動に掛かったとしても問題無いと考えてきました(更に天然砥石仕上げは安心感上乗せでしたので)。

しかし、そもそも出来るだけ油脂を付けたく無かったのは、それ自体の酸化で却って腐食したり汚れや匂いとしてこびり付くのを避けたかったからです。包丁や、食品を切る可能性があるナイフ類にはもう一つ、体内に入った場合の毒性も気がかりでした。関で働いていた頃は、ナイフ類の出荷前準備でフォールディングナイフなどの摺動部には流動パラフィン、ブレードにはシリコンオイル、炭素鋼にはフッ素系(テフロン配合)の褐色のオイルを使っていました。包丁程、食品を対象としないし、一応使用前にはユーザーも洗うであろうけれど、特別毒性の強い物を大量に摂取する訳では無いとは言え、大丈夫かなあと思っていました。

月山さんと話していると、例えば海外発送分などになると錆の心配が高くなるのでは無いかとの意見で、確かに気候の変動も大きく結露の可能性も高まる場合も予想され、そういう場合のみは考えてみる事にしました。事前のイメージではシリコンオイルなどは精製が良ければ体内に入っても少量なら行けるかな程度でしたが、調べてみると材料にも色々ある物です。フードオイルやフードグリスは各社から潤滑材・溶剤・噴霧剤として様々な物質を使用した物が発売されており、悩みました。

その中で各目的の物質中、問題の少なそうな組み合わせで目星を付けて買いに行きましたが、結果的に只一種類、売っていたものが想定していた物よりも適していた印象で素直に即決しました。TAIHOKOHZAIの食品機械用潤滑材というスプレーで、通常(安全性の基準で国内外の規格クリアが謳われている物が多いですが)NSF H1  や3Hの表示があっても「偶発的な接触」程度への対応の様です。しかし之は食品機械の「刃物部分」にもOKとあり、より安心な気がしました。そもそも潤滑剤自体が中鎖脂肪酸トリグリセリド(栄養学で習ったような?中性脂肪に近い?原料は高純度植物性脂肪酸との事)でほぼ食品扱いの様です。噴霧用ガスとしてはLPGとありますので、残留や毒性の心配もほぼ必要無いでしょう。

当面この製品で試しながら使用して、期待する働きを見せてくれると良いなあと考えています。(試用してみた範囲では、油膜が特に強めでは無いものの、塗布のし易さや水分の弾き・気化も程々な感じです)

 

 

前回に関連して片刃と両刃

片刃と両刃の違いについてもよく取り沙汰されます。曰く、両刃は真っ直ぐ切り割るのに適するが、片刃は(右利き用の場合)裏の方、つまり左に向かって切り進んでしまう。しかし斬れ味は鋭いので薄く・細く切るのには向いている。等です。 上記に対して之また良く出る反論が、角度が同一なら片刃も両刃も切れ味は一緒だ、というものです。

しかし、これには切断対象への外力の掛かり方がまず違ってきます。例えば、人参や丸の魚などを中央から両断するような場合、V型の刃を垂直に入れると、左右の切断面に均等に押す力が掛かり、同時に切断面の反対側から押し返される事になります。それは切断面から先にどれだけの体積・質量が連なっているかで大きく変わりますが、基本的には刃によって押される力よりは弱いでしょう。しかし食材の食感や風味を劣化させかねないのは間違いないと思います。 対して、片刃で同様に切るならば、グリップや親指による裏の押さえで、左方向への刃の進行を抑えて垂直方向に矯正する必要があります。この場合、左の切断面の上方と、右の切断面の下方に、純然たる切断による圧力以上の力が加わりますが、その影響がV型に比べて切断面全体の合計で増減するのかは、実際に計測しなければ断言出来ません。しかし、裏の梳きの御陰で摩擦が軽減される事、左の切断面の下方は横方向に押される力が少ない事から、左側に位置する部分への悪影響はかなり少ないと思われます(それが右へしわ寄せになっていなければ尚良いのですが)。

それでは間違いなく片刃のメリットが活かされる場面とは何でしょうか。恐らく食材の端から切り分けて行く時でしょう。この場合、例えば右端から切るなら切られて分離する切片に掛かる力は、左から押し広げられる力が殆どで、薄ければ薄い切片である程、右に連なる部分からの押し返しによる力は少なくなります。加えて左へ進行する刃を抑える力、つまり切片の左側下方への右向きの力も同様です。一方、切片より左の本体部分には垂直方向から剪断力が掛かる以外、ほぼ外力はありません。切片下方に掛かる右向きの力が少なければ、それだけ反作用で掛かる本体右側上部への力も減少するからです。しかも接触面の摩擦も、裏梳きによって激減した最小限の面積が触れるのみです。これにより、包丁の切断面の左右共に余分な外力が少なくて済み、食材の食感と風味を損なう事が少なくなると考えられます。

ここまで考えてくると、両刃のデメリットが目立つように感じますが、扱い方一つで片刃和包丁に近い効果を得る事が可能です。それには包丁を右に倒し、左の切り刃を食材に対して垂直に位置させ、その状態から切ります。勿論、片刃和包丁と同等の刃角である事は少なく、裏梳きも無いので接触面積は裏梳き部分のみとは比べるべくも在りません。しかし、この操作によって本体に横方向からの力は掛からず、又、平に対して切り刃の角度が在る為、単一平面に対するよりは張り付きが少なくなります。ただ注意点としては、包丁を右に傾ける都合上、刃先の位置や向きが左方に偏位するので、特に不慣れな間は普段よりも左手を切らないように気を付ける必要があります。

ともすれば洋包丁と片刃和包丁の間で中途半端にも見られがちですが、専門性の高い片刃和包丁に対して、汎用性の高い両刃和包丁は、使い方次第で片刃に近い効果を得る事も可能になります。例えば切り刃を広げて鋭角にすれば上記の内容に適し、刃幅が狭く鈍角なら魚介を捌くのに向きます。更に始めの記載通り、均等に切り割る作業に於いては特別な注意も技術も必要無く、ある程度万能に使うには悪くない選択だと思います。洋包丁に追加するなど、和包丁の入門用としても相応しいかも知れません。

切れる角度と厚みの関係

 

研ぎをしていると、幾つか疑問に思う事が出て来ます。その一つが身(刃体)の厚みと刃の角度の関係です。勿論、切る対象との兼ね合いも在って、一概には決めつけられませんが、薄い身に鋭角の刃、特に和包丁で言う所の切り刃があれば極めて鋭い切れ込みが得られます。

それでは、刃物の物理的な耐久力が許す限りに於いて薄い程、良いのかと言えば、そうでは無いと思います。何故なら切る対象が厚く硬い性質の場合や、刃がしなると正確な作業が困難。また食材を綺麗に整った形に切り分けられない等の弊害が出ます。そして刃物を大事に長く使う立場からは、強度と刃持ちを考慮して、やや猶予を持たせた構造の方が良いでしょう。

私が考える薄すぎる刃体は、対象と目される物の切削に於いて作業効率が落ちたり、正確な刃の進行が妨げられる程のしなり・捻れが出る場合です。刃角が鋭角過ぎる場合は、刃体よりも全体への悪影響は顕著ではありませんが、刃持ちに直結する為に作業時間に関わります。洋包丁の小刃の場合は、ブレードが薄くなっていった先の梁構造として、基本的に薄物であるところの洋包丁(特に鎬の無いVグラインド)に剛性を付与する働きが期待出来るので、例えば極薄のハマグリ刃で刃幅の半ばまで刷り上げるのは一般的には非推奨です。角を丸めたやや鋭角の小刃が妥当でしょう。

対して、厚すぎる刃体は、対象に切り込めなかったり、切る前に割れてしまう様な場合です。刃角に於いては、切れ込みが重く、対象に圧力が掛かり過ぎて切り口が変形する場合などです。どちらも厚みと刃幅に余裕があれば、肉取り・研ぎ抜きと言われる鋭角に研ぎ直しにより改善出来ます。その点から見れば、洋包丁よりも和包丁の方が明確な平と切り刃がある分、容易に且つ幅広く対応出来ます。

以上の点から、厚すぎと薄すぎの大まかな姿が見えてきました。理屈の上では、その両極の間であれば、お好みでとなるのでしょうが、研ぎをしていく上では多少、黄金律と言うか最適値の様な所も気になります。とは言え切り刃だけでもベタ(角度違い)やハマグリ(曲率・カーブの頂点の位置違い)に糸引きや段刃(+糸引き)・刃先ハマグリ(+糸引き)など、枚挙に暇がありません。そこで、私が判断材料の一つとしている極めて条件を限定した具体例として、刃先の角度(種類は問わず)が紙(一枚から二、三枚程度)に数㎜切り込む間の刃の通り(此処では任意の角度で保持した刃を対象にスライドせず押しつける時の刃の進行度合い)を説明します。

標準的な包丁ではまず、紙(新聞など)の端に刃線が直交する状態から寝かせていき、直圧を掛け、紙が逃げたり曲がったりせず刃が通るかを見ます。もし寝かせず(0度)通れば、それは必要以上の鋭さです。10度から20度でもまだ余分かも知れません。30度から45度で通れば充分でしょう。この様な紙への刃通りでは和食で言われる掛かり・走り・抜けは判断出来ませんが、少なくとも切れ味の最初の段階で刃先が切り進めるか否かは分かります。ここをクリアして初めて厚みのある物(折り畳んだり厚く巻いた新聞など)に対しての切り抜けを追求出来ます。

 

(参考までに関連するチェック方として、同じくスライド無しでの直圧ですが、やや刃の先か元を上げます。ギロチンの刃が斜めのまま直進するのを再現する要領で切り込みを確認します。此方の方が紙からの抵抗を受けにくく、楽に切り込める筈で、先のテストで不合格でも今度はパスする事も有るでしょう。勿論、その際の「斜め」が10~30度くらいのどの範囲かで、切れのレベルを測ります。経験上、30度を大きく上回っても切れ込みはそれに比例する程では無いので、その範囲内での比較が適当かと思われます。

それでも駄目なら二種類の要素を加えて「斜め+斜め」で当たれば更に優しいテストになり、最後はそこにストロークを長く取ったスライドを付け足すと、最大限の切れ味を引き出せます(一応、ストロークの長短でチェック可能)。此処に及んで未だ切れない様では殆どの用を足す事は出来ないと思われますが、目的の仕事に必要なレベルの切れがどのテストをパスすれば得られるのかを把握しておく必要があります。)

 

通常私の場合は、ほぼベタ研ぎ+刃先ハマグリで研いでいき、此処までのテストで刃通り・切り抜けを確認した後、モバイル顕微鏡で研ぎ目と刃先の整列も確認。問題無ければ研ぎ終了とし、依頼主に上記画像添付の上で作業完了メールをお送りしています。

 

ご依頼頂いた和包丁

 

研ぎ依頼頂いた鎌形薄刃です。仕上がり後にお聞きすると、詳細に記載しても良いとの事でしたが、程々に御紹介を。

十七年間、御愛用の包丁ですが、この半年はまともに研いでいる時間が無かった物との事です。その為、包丁と作者に失礼に思っていたが、研ぎ屋むらかみのホームページを見てここなら頼んでみようと思った旨、メールにてコメント頂きました。加えて、当方からの作業完了メールに添付した、研ぎ上がり確認用の包丁画像を御覧になり、その仕上がりに思わず会社の方々に見せて回ると大変驚かれたとか。

以上のように言って頂けた事は、この仕事をしていてとても有り難く、嬉しい事です。特に、包丁に対して手入れをしてやれずに済まないと感じるような方から選んで貰えると言うのは、この上ない喜びです。そして、日々の生活の中で完全なメンテナンスを常時、欠かさない事は大変困難でありますし、仮に一時期手を掛けてやれない期間があったとしても、そのまま放っておく事無く、納得出来そうな所を選んで研ぎに出された訳ですから、余り気に病まないで頂ければと思います。そういう時に活用して頂くべく研ぎの仕事をして居りますので。

包丁の状態としましては、身の厚い、刃金も硬めの古風な作りで、その為か結構な刃毀れがあります。全体の雰囲気からここ数年の物では無い、ひょっとしたら二十~三十年前の物かとも感じました。何故なら、経時変化での硬化も伺わせたからで、この厚みでさえ鎌形薄刃の構造的特徴である、切り刃中央がへこむ状態になっていました。 峰側から歪む薄さであれば、かなり叩いてひずみを調整も出来たり、鎬裏もある程度矯正出来たりしますが(自分の肉の薄い硬度の低い鎌形はそうしました)、硬くて厚い鋼の刃側半分が歪んでおり、無理に叩くとそこだけ薄い刃先が心配です。加えてその範囲だけで刃先が揃う程、叩きで調整すると、全体でするより裏梳き部分が不均等になります。実際に全体で調整した手持ちの薄刃でもまずまずの歪み具合の裏梳きになっています。元々はベタ研ぎでの御希望でしたが、切り刃から刃先までベタにすると刃金中央が砥石に当たらず、逆に当たる切っ先・刃元が薄くなっていきます。そこで刃金部分の範囲で許容できる直線を出し、そこから鎬までベタ気味に均し研ぎしました。仕上げは白巣板(やや敷内曇り寄り)で研ぎ、小割した千枚で化粧研ぎしてあります。裏押しは鏡面青砥です。

 

研ぎ前 全体画像 1

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研ぎ前 全体画像 2

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研ぎ前 刃部アップ

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研ぎ前 刃先拡大画像

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研ぎ後 全体画像 1

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研ぎ後 全体画像 2

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研ぎ後 刃部アップ

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研ぎ後 刃先拡大画像

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数日後、この包丁を使用する機会があったとの事で感想を頂きました。抜群の斬れ味と言う件名で、「素晴らしい斬れ味で惚れ惚れしている。やはりプロに研いで貰って良かった」と綴られていました。 私としては、単に問題無いと言って頂ければ充分満足ですが、気に入った、ましてや感動したとでも言って貰えるなら、特にそれが包丁を大事に思う人からであれば、望外の喜びと言うほか在りません。

Y様、ご依頼頂きまして有難う御座いました。

 

始まりは理由が知りたくて

 

そもそも研究を始める1番の目的は、以前からの疑問の答えが知りたかった事でした。天然砥石、特により硬くて細かい砥石で研ぐと、良く切れるのは当然として炭素鋼も、ステンレスまでも「長く」切れるのです。

自分の人造砥石の経験は知れていますが、恐らく鋭利な刃先を作る能力は殆どの天然砥石を凌駕する物も出て来ていると思います。つまりそれぞれの角度毎に最も薄く研ぎ上げる能力は安定性も含めて人造に分がありそうです。

ではどうして天然砥石を使っているかと云えば、大きくは次の三点です。まず切れ味が良い。これは絶対的に鋭利な研ぎ上がりを目指した物で無く、切削対象たる木材・魚・肉・野菜その他殆どを、単一(若しくは2~3種)の仕上がり状態で賄える汎用性です。人造の極鋭利な刃先は細かく、対象によっては滑って切り進みにくい、或いは接触面が互いに平滑過ぎ、摩擦が大きく動きにくい傾向もあり得ます。そこで刃先や研ぎ肌の仕上げを状況に応じて使い分ける必要が生じる訳ですが、天然仕上げでは殆ど滑る場面は出てこず、ゴムや樹脂に対しても接触面の吸着が少なかった経験があります。勿論、刃物や対象物、使い方で違いはありますが、巣板・合砥・鏡面砥石の内、どの仕上げてあっても、多少の差はあれど上記のメリットが見込めます。

二つ目は錆びに強くなる点です。普通に水回りで使用していても錆や変色が少なくて済みます。これは調理に於いて水のみならず、食材の成分が付着しても同様で、更には保管中でも箱の中で埃や結露が無ければ、人造の2~3倍は錆が出ずにいてくれます。但し細かい仕上げである程効果が高いので、錆びに対しては鏡面一択です。つまり研いだ際の傷が細かい程、そして浅い程錆びにくさに繋がると考えられ、この点で細かい筈の高番手の人造でも天然の1.5~2倍相当の番手で無いと比肩出来ないのは傷が深いのが原因ではと考えています。

そして三つ目が1番有り難く又、不思議に感じている点で長切れです。これまた炭素鋼であろうがステンレスであろうが、切れの持続が少なくても3~5割増しになるようです。特に効果を実感し易いのがステンレスの低級から中級品で、具体的には420J2相当や8Aクラスですが、これらを鏡面に成る砥石まで仕上げると、ひとクラス上の切れと保ちが得られます。例えば8A(カミソリ砥で鏡面仕上げ)がV金10号(巣板や通常の合砥仕上げ)と同等というようにです。之については今まで、昔から云われる天然砥石の刃先硬化作用(熱くなるまで要摩擦)とか、鋼材の弱い部分を優先的に削り落とすのでは。又、天然砥石に含まれる硫化物による硫酸・堆積した微生物由来の硝酸の類いによる化学変化。などが推測されてきたようです。

自分としては、研ぐ事で摩擦熱が上がり、水に触れる時点で焼きを入れ直している。という意見以外はどれもがあり得ると考えてきました。しかし、砥石の成分が酸性・アルカリ性どちらかを調べたり、塩酸の様なものに刃物を漬けたり(加えて加熱も)した人も居られたものの、今ひとつはっきりしなかった印象から、可能性が最も高いのは研磨の仕方と判断してきました。しかし、天然砥石を使っていると、ステンレスでは起こらない反応が炭素鋼では起こっているのに気づきました。それは砥石の硬化です。昔から砥石の様子が使う内に変化すれば「層代わり」の一言で片付けられていたようですが、之まで使った砥石は柔らかくなった2~3の例外を除き、全て硬くなりました。これは使っていなくても違う砥石から出た研ぎ汁を数回塗布するだけで起こり、水やステンレスの研ぎ汁では起こりません。と言う事は、砥石の成分が鉄を含んだ水分により硬化するなら反対に刃物も砥石の成分を含んだ水で硬化してもおかしくは無い事になります。ただ、もう一押しの要素は、「熱」ではなく研磨その物では無いでしょうか。塗装する前はサンドブラストなどで金属表面を一皮剥きますが、この状態は励起している状態らしいので、研磨中は似たような環境が整っており、反応が進みやすい・或いは表面に定着しやすいのかも知れません。勿論、低いとは云え常温の水と砥石よりは摩擦熱程度でも無いよりは良いのでしょう。

ステンレスでは酸化皮膜が反応を阻害する筈だから、化学反応は無く研磨による物理的な性状の変化だと考えていましたが、上の推測に従えば、皮膜が出来る暇を与えず化学的に処理されている可能性も考慮する必要が出て来ます。炭素鋼に比べれば、割合は少ないでしょうが精密に微量な成分まで検査可能ならば、炭素鋼・ステンレスどちらも根本原因が分かり、且つ性能の上乗せが実証出来ると思います。これまでの推測が正しいのか、又感じているメリットがデータで現れるのか、天然砥石に惚れ込んだ者としては、研ぎ上げた形状の正確さや合目的的な形状と共に大いに関心があります。

 

研いだ包丁のビフォーアフターなどを載せていきます。