始まりは理由が知りたくて

 

そもそも研究を始める1番の目的は、以前からの疑問の答えが知りたかった事でした。天然砥石、特により硬くて細かい砥石で研ぐと、良く切れるのは当然として炭素鋼も、ステンレスまでも「長く」切れるのです。

自分の人造砥石の経験は知れていますが、恐らく鋭利な刃先を作る能力は殆どの天然砥石を凌駕する物も出て来ていると思います。つまりそれぞれの角度毎に最も薄く研ぎ上げる能力は安定性も含めて人造に分がありそうです。

ではどうして天然砥石を使っているかと云えば、大きくは次の三点です。まず切れ味が良い。これは絶対的に鋭利な研ぎ上がりを目指した物で無く、切削対象たる木材・魚・肉・野菜その他殆どを、単一(若しくは2~3種)の仕上がり状態で賄える汎用性です。人造の極鋭利な刃先は細かく、対象によっては滑って切り進みにくい、或いは接触面が互いに平滑過ぎ、摩擦が大きく動きにくい傾向もあり得ます。そこで刃先や研ぎ肌の仕上げを状況に応じて使い分ける必要が生じる訳ですが、天然仕上げでは殆ど滑る場面は出てこず、ゴムや樹脂に対しても接触面の吸着が少なかった経験があります。勿論、刃物や対象物、使い方で違いはありますが、巣板・合砥・鏡面砥石の内、どの仕上げてあっても、多少の差はあれど上記のメリットが見込めます。

二つ目は錆びに強くなる点です。普通に水回りで使用していても錆や変色が少なくて済みます。これは調理に於いて水のみならず、食材の成分が付着しても同様で、更には保管中でも箱の中で埃や結露が無ければ、人造の2~3倍は錆が出ずにいてくれます。但し細かい仕上げである程効果が高いので、錆びに対しては鏡面一択です。つまり研いだ際の傷が細かい程、そして浅い程錆びにくさに繋がると考えられ、この点で細かい筈の高番手の人造でも天然の1.5~2倍相当の番手で無いと比肩出来ないのは傷が深いのが原因ではと考えています。

そして三つ目が1番有り難く又、不思議に感じている点で長切れです。これまた炭素鋼であろうがステンレスであろうが、切れの持続が少なくても3~5割増しになるようです。特に効果を実感し易いのがステンレスの低級から中級品で、具体的には420J2相当や8Aクラスですが、これらを鏡面に成る砥石まで仕上げると、ひとクラス上の切れと保ちが得られます。例えば8A(カミソリ砥で鏡面仕上げ)がV金10号(巣板や通常の合砥仕上げ)と同等というようにです。之については今まで、昔から云われる天然砥石の刃先硬化作用(熱くなるまで要摩擦)とか、鋼材の弱い部分を優先的に削り落とすのでは。又、天然砥石に含まれる硫化物による硫酸・堆積した微生物由来の硝酸の類いによる化学変化。などが推測されてきたようです。

自分としては、研ぐ事で摩擦熱が上がり、水に触れる時点で焼きを入れ直している。という意見以外はどれもがあり得ると考えてきました。しかし、砥石の成分が酸性・アルカリ性どちらかを調べたり、塩酸の様なものに刃物を漬けたり(加えて加熱も)した人も居られたものの、今ひとつはっきりしなかった印象から、可能性が最も高いのは研磨の仕方と判断してきました。しかし、天然砥石を使っていると、ステンレスでは起こらない反応が炭素鋼では起こっているのに気づきました。それは砥石の硬化です。昔から砥石の様子が使う内に変化すれば「層代わり」の一言で片付けられていたようですが、之まで使った砥石は柔らかくなった2~3の例外を除き、全て硬くなりました。これは使っていなくても違う砥石から出た研ぎ汁を数回塗布するだけで起こり、水やステンレスの研ぎ汁では起こりません。と言う事は、砥石の成分が鉄を含んだ水分により硬化するなら反対に刃物も砥石の成分を含んだ水で硬化してもおかしくは無い事になります。ただ、もう一押しの要素は、「熱」ではなく研磨その物では無いでしょうか。塗装する前はサンドブラストなどで金属表面を一皮剥きますが、この状態は励起している状態らしいので、研磨中は似たような環境が整っており、反応が進みやすい・或いは表面に定着しやすいのかも知れません。勿論、低いとは云え常温の水と砥石よりは摩擦熱程度でも無いよりは良いのでしょう。

ステンレスでは酸化皮膜が反応を阻害する筈だから、化学反応は無く研磨による物理的な性状の変化だと考えていましたが、上の推測に従えば、皮膜が出来る暇を与えず化学的に処理されている可能性も考慮する必要が出て来ます。炭素鋼に比べれば、割合は少ないでしょうが精密に微量な成分まで検査可能ならば、炭素鋼・ステンレスどちらも根本原因が分かり、且つ性能の上乗せが実証出来ると思います。これまでの推測が正しいのか、又感じているメリットがデータで現れるのか、天然砥石に惚れ込んだ者としては、研ぎ上げた形状の正確さや合目的的な形状と共に大いに関心があります。

 

「始まりは理由が知りたくて」への2件のフィードバック

    1. 尚様
      之まで描いてきた空想をつらつら書いてみましたが、まさかそんなに確り読まれているとは。研究心ではなく天然砥石に対する悪意や無理解への対抗心でしょうか。最近は、優れた美観に加えて実用的な刃先性能を持つ刃物に仕上げた萌え包丁(見ても使っても楽しめる)が理想です(笑)。不器用だし、究極の鋭利さ追求は不確定要素が多すぎて、楽しみ程度で良いかなと。

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