研ぎ方の基本形

 

御依頼主とのメールでの遣り取りから、必要かなと感じて少し説明を。嘗ての記載内容の整理にも成るかなと・・・。

最初は切れても直ぐに鈍る物が多い中、「切れと永切れの両立に感心」との文面への御答えとして。(洋包丁も基本的な構成要素は同様で、和包丁の縮小版とも言える刃先ですが)和包丁の切り刃に於いて、先ずは刃元から切っ先への厚みの漸減を図ります。当然、元の厚みや想定される凹凸の程度と個数によっては或る程度、汎用性の高い厚みと減らし方・目的に応じた理想の厚みと減らし方から外れる場合も有ります。それでも妥協点を探ったり方向性を変えない努力は欠かしません。応用を効かせる訳です。以下は其の項目でも有ります。

前述の縦方向の厚みの調整ですが、平の厚み(刃体自体)が一定に近かったり殆ど変わらない場合は、縦方向にもハマグリを付ける意識で(平面的で無く)極緩いカーブを意図して厚みを抜く事も有ります。最近のT様の御依頼内容の様に、平の研磨が含まれていたりすれば僅かながらも平の峰側よりも鎬筋側の厚みを減らしつつ面を出したり。

鎬から刃先に掛けては、切り刃を全体的にベタに近いハマグリに。刃先側三分の一から四分の一は少し急なハマグリに。この時点で、刃先は最も薄い(鋭角な)状態ですので切れの追及は満足させられます。刃先の後部に控えるアールで、斬り進んでも張り付き・摩擦と言う抵抗も減少。一般的に言うハマグリは此れですね。私が言う切れ味優先ハマグリ。

しかし、永切れをも満足させたいとなると、刃先の最先端へ向けて一手間必要です。刃先側の1.5mm~2mm程の範囲で、先へ行く程に鈍角なハマグリに仕上げます。つまり、刃先から鎬筋までに掛けて後部が未完成の紡錘形にする訳です(切り刃の長軸方向のハマグリも、同じく刃元側が未完成の紡錘形ですね)。先端に強度を持たせた紡錘形。切り刃の中に三種類の砥ぎ分けです。

刃先最先端を鈍角にするのは、ひとえに切れ止むのを遅らせるばかりで無く、切り込んで行く際に刃先ハマグリの直後に続き、切削対象からの抵抗を受ける箇所の負担を減らす為でも有ります。必要とされる、見かけ上の刃先の薄さと耐久力に優れる厚さの両立を図れます。

最後に、そうやって揃えた刃先ハマグリの角度を可変にします。刃元は鈍角で切っ先へ向かう程に鋭角に。(此処で言う鋭角や鈍角は数学で言う直角を基準としての物言いとは違い、刃物の相場となる角度。例えばスポーツナイフの刃先は片側が大体20°、合わせて40°が標準。それと比較して~的な事です。)

因みに私は普通、(切り刃全体は更に鋭角ですが)刃先の最先端つまり最終刃先角度を柳で50°⇒40°⇒30°、出刃は70°⇒50°⇒30°で砥ぎます。牛刀なら片側40°⇒30°⇒20°です。此れでも殆どの包丁が、刃元で髪の切断くらいは可能ですし問題は無いでしょう。ただ単に、薄く均一に研いだだけの形状とは違う性能を必要とする方には、御薦めです。

 

 

 

あと、コメントに「芸術的かつ実用的」と言う文面も頂戴し恐縮ですが、綺麗と感じて頂けるのは之まで記載した研ぎ方を進める際に、可能な限り面構成と言うか面の連続を滑らかに繋いで凹凸を均し研ぎしているからです。

押し切り・引き切り・押し付けの如何に関わらず、凹凸は抵抗にしか成らないからです。単に視覚的に粗が見えなくする為に施した化粧研ぎでは、機能性が伴わず見た目だけで使うとがっかりと評価されるでしょう。

天然砥石を使うのは、こういった様々な効果を底上げしてくれる効能を見込める為であり、ただ人造とは違う色柄を狙っての事と思われては不本意と言わざるを得ません。其処を否定はしませんが、最大の目的は矢張り汎用性が高く切り込める刃先・永切れです。(食味への貢献も大きいですが。可能な限り傷を消すのも同様の狙いです)

その上で、見た目にも拘る方には御好みの仕様に出来るだけ御応えしたいとは思います。と言い乍ら、霞仕上げの御要望に巣板で無く八枚で仕上げたりしてしまうのは、少しでも錆・変色を遅らせたいからですが悪い癖ですね。

最終的には、なるべく複雑な研ぎ方をした痕跡が現れない様に、特徴的な外観に成り難い様に、普通の仕上がりと見紛う状態を目指しています。多様な要素を盛り込みつつも、一見しての判別は不可能。それが出来るのも手研ぎならではであり、仰々しいのは気恥ずかしいですから。

 

 

 

 

 

「研ぎ方の基本形」への4件のフィードバック

  1. 村上様

    緻密な計算の上研ぎの角度変えておられるのは、目からウロコです。
    村上様に研いで頂いたものは、刃抜けが良く食材が包丁に引っ付く隙を与えません。
    そして切れ味が魔法の様に落ちません。

    角度までご教授頂いて凄く分かりやすいです。
    しかしながら頭で分かっても、中々実践する事は難しく、プロ中のプロの領域ですね。
    せっかく良い砥石をお譲り頂いたので、少しでも近づける様精進させて頂きます。

    これぞと思う包丁が手に入ったら、又研ぎを宜しくお願い致します。

    北海道T

    1. 北海道T様

      コメントを有り難う御座います。遣り取りさせて頂いたメールを見返しておりますと、私が研いだ結果に対する評価が、私の企図した内容を正確に反映されていました。

      刃物を正確に扱え、そして個別の特性を感じ分ける能力に優れる方だなと嬉しくなる一方、更に其の性能差が何処に由来するのかを知って欲しいと思いました。

      此の研ぎ方が唯一絶対の正解とは考えて居ませんが、37年程研いでは使って来た結果に辿り着いた、切れと永切れを両立する刃の形状です。

      違いが判り、其れに拘る方からの高評価には、正に我が意を得たり、といった心情にさせて頂きました。自分の追求と成果の正当性・その蓋然性を裏付ける御言葉に勇気付けられました。心底より感謝致します。

  2. 村上様

    その道の最高峰の方から、私の感性をお褒め頂いた様でとても恥ずかしい思いです。
    これから村上様に研いで頂いた包丁を、じっくり分析したいと思っております。

    何故こんなに切れるのか、そして長持ちするのか?

    鍜治屋は魂を注いで包丁を作り、そして研ぎでその性能の最終決定が下される思います。
    研ぎは奥深く面白い世界だと思い、これから自分なりに探求していきたいです。

    村上様のお陰でこれから楽しみが増えました。心より感謝しております。

    北海道T

    1. 北海道T様

      私の研ぎが切っ掛けの一つとなり研ぎと刃物に、より魅力と探求心を掻き立てられる結果に繋がったとすれば、之ほど素晴らしい事は有りません。研ぎは調理場面での実益も兼ね、精神安定に資する愉しみでもあります。

      そして品質と性能差を感じ取れる・理解出来る方が増えれば、特別な情熱を傾け仕事に取り組む鍛冶屋の応援に繋がる筈です。どんなに良い製品を作っても、認めて購入してくれる顧客が居ない事には消滅の一途を辿る事は必至。

      及ばずながら私も、高性能な刃物を作っている方々の足を引っ張らない研ぎで、刃物の持てる性能を引き出し魅力を増進させられればと考えております。卑近な例で言えば、司作の柳に軽いカスタムを施すとか。(早く来て欲しいです)

      私などは、ただ「切れる事」(刃物自体・砥石・研ぎ)と「切る事」(切れる条件・斬る身体操作)に惹かれてしまった偏執の徒に過ぎませんが、今後も御役に立てましたら幸いです。

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