共名倉について
元々は名倉砥石という砥石があり、単体で使用されていたものの、他の砥石に摺り合わせ、研ぎの補助として砥泥を出す用途にも使われ出した為に代名詞的な呼称になったと思われる。(その主たる目的以外に、砥石本体の目詰まりを取る・目起こしをする・平面維持を助ける働きもある)同じ用途でそれ以外の砥石が使われる場合は共名倉と呼ばれる。一般的には仕上げ砥たる巣板・合砥に対して、同系統の砥石が使われる状況を指す。そもそも補助を必要とする状況とは、大きく分けて以下の二つの場合だろう。一つは研磨力の向上を企図したもの、もう一つは傷を消す為のものである。
前者は文字通り、研磨力の劣る砥石に研磨力の期待できる共名倉を摺り合わせて、作業効率を高める為の使い方である。この場合、次々に砥泥が出て新しい砥面で研げる柔らかい砥石よりも硬めの砥石、そして砥粒の目が立っている砥石よりは寝ている砥石にこそ使われるのが順当である。その為、これに合わせる共名倉には逆に、余り硬くなく、砥粒の目が立っているものが望ましい(仕上がりを問わず、研磨力優先なら硬い共名倉を使う事もあり得る)。
後者を更に分類すると、傷(研ぎ傷・研磨痕)を消す為のものと、傷が入るのを防止する為のものがある。傷を消す使用法は、硬軟どちらの砥石に対してもあり得るものの、共名倉としては兎に角より細かく、より柔らかく、尚且つ砥粒の目は適度に立っているものが目的に適う。余りにソフトな当たりでは、前段階の傷を消せない為である。
傷の防止とは、特に硬口で目の立っている砥石の場合は地金を引く(軟鉄部分に引っ掻き傷を作る)ことが多い為、予め研磨の潤滑材として、研ぎ汁(水+砥石から剥離した砥粒+研ぎ下ろされたれた金属粒子)が出る前から砥面上の水膜にコロイド状に砥粒を分散させておくものである。
単にベアリングとクッションの役割だけで良ければ、砥粒は大きく、柔らかく、目の立っていないものが最適である。しかし求める研ぎ肌の仕上がりや刃先の切れ味によっては、潤滑性能とのトレードオフにはなるが、砥粒の性質を硬く、細かく、目も立っている方向に変更する必要が出てくる。つまり傷を消す事と傷を防止する事はかなりの部分、二律背反の関係にある訳だ。しかし使用者の選択一つで、同じ砥石でも共名倉の違いにより切れ味は勿論研ぎ肌も違ってくる。地金・刃金双方の景色が透明感のある明るいものから、陰影に富んだ渋い仕上がりまで、様々な表情を見せる。正しく、天然砥石の対応出来る幅を広げ、刃物の性能や美観までもアレンジしてくれるものである。
やや特殊な例としては、剃刀の最終仕上げで使う砥石は、名倉の精粗で三段階の研ぎをそれ一つで済ませる事があるという。これは超堅口の砥石一つに三役を担わせる、つまりこれまでに述べてきたほぼ全ての名倉の役割を総動員する使用法と言え、その為かつては土台たる砥石は兎に角硬くて細かければ、後は名倉で何とかなるとまで考えられていた節もある。本来は砥石そのものも吟味されるべきであろうが、確かに究極の名倉活用法ではある。もし本当にそれが出来ていたのであれば、その名倉が途轍もなく優秀であった証左となるが、現在そのような名倉砥石は稀少であり、検証するのも簡単では無くなっているようだ。
注)
その後、知り合った方から厚意で頂いた黒名倉は性能的に満足出来る物で、仕事内容により、使わせて頂こうと考えています。又、同じく(別の知人から)頂いた三河のボタンは普通に研げるサイズであったため、泥を出す用途では使っていません。