ステンレス刀の残欠の御依頼

 

近所?の知人のS様から、ステンレス刀の残欠を砥いで欲しいとの御依頼が有りました。以前は普及品の斧や普通の包丁も研がせて頂いたりしましたが、刀剣にも興味を御持ちである事も知悉して居り就中、ステンレス製の物に御執心であると。

ただステンレスの刀は、中々に研磨して貰い難いそうで困っている様子も窺えましたので(過去に経験した事も無いし、刀剣などは研がない方針ですが)、今回の残欠は二つ返事で御受けしました。余談ながら自分としては、実用面で刀として使えるならば玉鋼以外の素材でも、別枠としてでも認めてあげれば良さそうな物だと思うのですが、世の中は難しいですね。

 

件の現物は、愛着豊川市に在った旧日本海軍の豊川海軍工廠で作られた軍刀の刀身で、1940年頃のマルテンサイト系ステンレスを用いた物と見られるそうです。御依頼の内容としては、通常の実用的な刃付けでは無く(今回の残欠は刃引きされていました)、日本刀の使用鋼材としての適性・現代のステンレス刃物と比較しての感想等を求められました。過去に例を見ない程のマニアックさですね(笑)。

とは言え、恐らくは二尺三寸程度の刃渡りだったであろう頃の、全体的な弾力・耐衝撃(構造的な強度)等は推し量るにも限界が有りますので、刃物用ステンレス鋼材としての熱処理後の仕上がりを、近年のステンレス製刃物と比べた感想・・・程度に御伝えする事に。

 

 

研ぎ前の状態。中子の一部に、青棒の痕跡も有りましたし人口の研磨剤仕上げ(或いは直近の手入れが其れ)と見受けられます。

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砥石に当てた研ぎ感と、切り刃の研ぎ肌だけでは比較検討が部分的に過ぎますので、一応は刃先を研ぎ出します。先ずはダイヤからですが、左の切り刃が予想以上に不均等。余り追い込んでも右との差異が拡大しますし、双方を大幅に研ぎ減らすのも勿体ないので、刃物としての性能を満たすレベルまで整えばOKかと。

削れ方から見ると、柔らか目の熱処理では有りますが、返りの出方が酷くは無いので鋼材の組織が均一・小さ目なのかも知れません。研削痕が一定で、引け傷に成らないのも研ぎ易さに繋がって居ます。(組織が粗い・粘りが勝ち過ぎでは逆になり易いです)

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人造の1000番、やや軟口で研磨力に優れた物。此処でも、引け傷は入らず、何方かと言えばステンレスの割りにサクサク下ります。刃先の返りが少ないのも同様です。

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人造の3000番で上記砥石の研ぎ目を細かく。既にこの段階で、鋭利な刃先が揃いつつあります。硬度は低め乍ら、粘りとのバランスは秀逸な印象。

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人造の小割り各種(200番台・1000番の二種)で、全体的に均し研ぎ。傷の消え方は普通か、やや消え易い方だと感じます。

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天然に移行し、刃先側を優先に当てつつ研ぎ進めます。使用したのは、奥殿の天井巣板(軟口)と五千両の天井巣板(中硬)。

天然砥石に対しても、余り選り好みはしない様子で無難に研ぎ進める事が出来ます。

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巣板の小割りで、均し研ぎ。使用したのは、主に丸尾山の白巣板と中山の巣板。此処に至って、流石にステンレスとしての耐摩耗性の片鱗を見せます。(特に、素性の良い)炭素鋼に比べると傷の消え方に遅滞を生じる感じ。砥石の種類を変えても、大きな違いは無さそうで。

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セーム革で裏打ちした千枚・八枚系統の小割りが少なく成って来たので、追加製作です。

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上記砥石を使っての均し研ぎと並行して、刃先最先端を八枚・千枚で仕上げ研ぎ。此方は、適応範囲の広さを見越して選別した石だっただけの事は有り、軟鉄・鋼鉄・ステンレスを問わず仕上がって行きました。

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最終仕上げは、硬口・やや硬口の中山巣板を用いて、相性を見つつ慎重に。

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研ぎ上がりです。

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今回のステンレス刃物としての私の評価は、研ぎ易さと切れの良さは近年のステンレス製刃物と比べて、勝る事は有っても劣る物では無い。耐蝕性では殆ど、440Cと同等以上と見ても良いでしょう。(研磨済みでは無い、切断面の荒い表面に水分・砥泥の長時間の付着でも錆びず)

往時のステンレス軍刀の優秀さに想到する、と云った結果に成る程には優れたステンレス鋼材と熱処理の妙を実感する研ぎでしたので、S様には感謝したいと思います。ですが、何時でも何個でもどうぞ、とは言い難い程には難易度が高かった事も事実ですので、変わり種は休み休みで御願い出来ましたら幸いです(笑)。近々、御渡し出来ると思いますので宜しく御願い致します。

 

 

 

 

 

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