前回の投稿にコメントを頂いた、香川のK様からの御要望(神経質な地金の切り出しの研ぎ肌の拡大画像)に向けた記事と成ります。一般的な方々にとっては、マニアック(枝葉末節に拘り過ぎて判別が困難)に過ぎると捉えられる恐れは有ります(笑)。
しかし私は基本的に、各種鋼材の様々な仕様(金属組織のサイズ・硬さと粘りのバランス)に向けた相性探しの手段として、天然砥石を使っており、其の為に普段は中々「特定の外観的仕上がり」を求めて砥石を取っ替え引っ替えする事は少ないのが現状です。
天然砥石に限りませんが、研ぎ肌(研がれた表面の傷の痕跡・揃い方・光り方や曇り方)の判別には現物を自然光(日光・陰り気味)で観察するのが最適かと思われます。次いで、電灯⇒蛍光灯⇒優れた画像を画面で⇒下手な画像を画面で、と成りそうですが私のブログは最後に分類されますので、聊か以上に力不足で在るのは否めません。その点、御含み置きを頂きたく思います。
其れを踏まえた上でも、識別能に優れた方には各種砥石における刃物表面の性状を違える結果に、気付いて頂ける事と思われますが、(画像での外見上)小なりとは言え差異を認めるという事は即ち、刃先最先端の状態が異なってる事に成ります。同角度で研がれた金属の表面の光り方や、組織の凹凸の様子に変化が生じた訳ですから。
上記内容に最も影響しそうな要因は、天然砥石の砥粒が人造と違って柔らかく、砥粒の目も立って居ない事と考えて居ます。加えて、泥の出方にも因りますが金属の表面の、言わば軟部組織から研磨が進み、硬い部分を浮き彫りにする(柔らかい人造にも言えますが砥粒の硬さと目の立ち過ぎで一歩劣るので)。研磨力に優れ、金属表面を一律に研磨するが、深い傷が残って錆び易さに繋がる人造砥石との差も、此処から来ると思われます。
従来の殆どを、切れの調整最重要視で用いて来たのが天然砥石であり、綺麗な外観は付随的に現れればラッキー程度の心境が大半を占めていた私ですが、今回の様に改めて研ぎ肌の確認をするのは面白く、また砥石の個性(刃物に対する振る舞い・相性から来る研ぎ易さ・下りの速さ・傷の消し易さと残り易さ)を違った観点から把握でき、認識の整理が進みましたので、香川のK様には感謝致します。
先ずは前回、神経質な地金を持つ切り出しを仕上げた、やや硬口~硬口の巣板(サラサラ+スベスベタイプ)。
上掲の砥石で仕上げた画像。
同じく、拡大画像です。拡大してしまえば、(機材が更に本格的であれば別かも知れませんが)余り肉眼による「風情の違い」は現れ難く、味も素っ気も無くなる気はしますね。
次に、天井巣板と思しき硬口のカラス巣板(スベスベタイプ)。
拡大画像です。立ち位置的には内曇り相当だからでしょうか、少し曇りがち(表面の凹凸・炭素を吸った地金の境界部分の明瞭さに違い)に成って居ます。その割には明るさが同程度なのは、此方の方が硬さで上回るからかと。
同じカラス巣板(サラサラ+スベスベタイプ)では有りますが此方は敷巣板でしょう、硬さは更に上の超硬口です。
砥粒の凝集性に、やや密粗の不均等が見られる物の、砥面の硬さ故か上掲の二つの砥石の中間的な結果に見えます。
ほぼ超硬口の戸前(スベスベ+ツルツルタイプ)です。砥面の硬さは有りますが、滑走が良く(泥が出ない割りに突っ張らず、傷も入り難い)研ぎ易い上に仕上がりも上々です。
地金に見える黒・灰色の凹凸のコントラストは最も明瞭で、鋼の光り方も相当に上です。
手持ちの中では浅葱系統以上とも言える、超硬口の合いさ(ツルツル+スベスベタイプ)。泥は全く出ませんが、今回の切り出しとの相性的には優れていた様子で、やや突っ張り気味ながら刃・地共に良い仕上がりでした。
刃金の仕上がりでは相当に上、しかし地金としてはマズマズの結果に。恐らく、此の地金にとっては砥石の硬さと目の立ち方の刺激が幾分、強めだったからかと。
最後は、硬口~超硬口の水浅葱(サラサラ+スベスベタイプ)です。田中さんが惑星と呼称している系統で、少ないながらも同系統を触った経験から、水浅葱の中では研ぎ易さで最右翼ではとの印章です。硬さが控え目の物であれば、浅葱系統でも難易度は下がりますが今度は、泥の種類と出方で又、研ぎ肌が均一に揃うかどうかの分かれ目に成って来ますね。
拡大画像です。刃金の光り方は、一番の様です。地金のクッキリ加減は、上掲の超硬口の合いさと同様、マズマズレベル。此処から推察できるのは、此の地金にとっては余り、超硬い砥面かつ研磨力が控え目(スベスベ系統)の組み合わせの個性を持つ砥石だと、メリハリのある結果に結び付かない。寧ろ、硬さは一段下の砥石との相性が望ましい傾向に在ると言えそうです。
実験結果が少し気に成ったので、追加で水浅葱のバージョン違いを。殆ど、誤差でしか無いレベルの硬さの違い(僅かに柔い)で分類はツルツル+スベスベタイプです。
仕上がりですが、刃金の光り方は同等もしくは其れ(上掲の惑星)以上、地金の模様のコントラストも更にクッキリです。全ての画像を細かく比較すると、地金だけで無く刃金の表面にも少なからず凹凸が有りますが、此処では微妙過ぎるので触れずに置きます(笑)。
以上の様な結果と成りました。傾向としては、サラサラタイプだと滑走は良好ながら擦過傷が入り易く、(相性はさて置き物理的な)研磨力に優れる。ツルツルタイプだと急な食い付きでつんのめる傾向に在るが(相性はさて置き強引にでも)微細な仕上がりに。スベスベタイプだと滑走・食い付きへの警戒は低いが若干の相性の幅の狭さ(誤差レベルでの切れの差異)を感じる。と成ります。
純然たる研ぎ肌との相性の傾向は、光り方の強さの順にツルツル⇒スベスベ⇒サラサラとなり易いですが、石の硬さ・泥の種類(粘性・均一性・目の立ち方)や出方(多寡・刃物との反応の前後の違いの有無)で異なるので、刃物と研ぎ手との相性との組み合わせで激変の可能性も有ります。実際、使用した切り出しと砥石達を貸し出して試して貰っても、全く同一の仕上がりに成る保証は有りません。
乏しい技術と限られた機材による比較検討ですので、K様の御期待に沿える内容には達していない可能性は高いですが、幾らかでも今後の研ぎの参考にして頂けましたら幸いです。
序でに、炭素鋼ペティの次に自炊で良く使っている、三徳包丁の手入れもしました。昔から自宅に有った、三層利器材(ステンレス地金で炭素鋼の芯をサンドしたクラッド鋼)の物です。
鶏の胸肉使用の鳥牛蒡と、ラタトゥイユもどきの野菜スープを仕込むと下画像の状態に。切れ自体は、銀杏の俎板使用で丁寧に切って居ますので、左程の低下は見られませんが、まあ気分的には手入れをしたくなります。
芯に入って居るのは炭素鋼ですので、外見的には其の部分の錆のみ目立ちます。当然ですが、峰や刃元(マチ)も錆びる時は錆びます。後は、食材から出た水分のこびり付きが顕著。
前回も登場の、此方で仕上げ研ぎです。相性も良く、下り・切れ・研ぎ肌に問題は出ませんでした。
中硬の巣板その他も併用し、仕上げ研ぎ。
錆び・汚れを除去し、刃先も念の為に研ぎ直しました。
刃先拡大画像ですが、上の二つの画像でも確認できる通り、刃金に鬆(ス)と云うか斑点状の陥凹が無数に出ます。以前から、研いでも次々に出てくる為に金属の仕立てに由来するのでしょう。
そんな性格の鋼材(熱処理も関係?)が鋼に使われて居るので、切れは良くても精細な感触には成り得ず、対象との接触でも今一つ、強度の低下が伝わる印象です。更に、其処を起点として錆も誘発されるので、通常の鋼材を研ぎ上げた後の状態と比較して、手入れの頻度は増大します。
ですので、普段から使用して頻繁に手入れをすれば良かろうとの扱いに成って居ます。ステンレス地金は、半鏡面で維持するには大変ですが、曇らせて置く分には苦労が少ないですし。
研ぎ上がり、全体画像です。サイズ感・全体のシェイプは相当に良く纏って居るし、適度な重さにも好感が持てるので嫌いでは無いですね。
因みに、刃金と成る鋼材にピンホール状の陥凹が無い通常の物の例です。此方は刃金と地金が手作業で鍛接されており、地金自体の積層も極軟鋼と錬鉄を複数枚、同じく手作業で重ねた鍛接で作られて居ます。
拡大画像です。
良い砥石もさることながら、やっぱり腕がいいことが絶対的条件ですね。できる人が限られるブログ記事でしたw
今回で更に奥が深いことを再認識させてもらい、
多種多様な砥石の説明と研ぎ肌を見せていただき、普段経験したり見聞きできないことばっかりで、大変勉強になりました。
ありがとうございます見てて楽しかったです。
ここ近年切り出し研いだら50倍ルーペで見ておりまして、で気付いたんです「そういえば大阪にそんなことしてる研屋がいるぞ」と迷惑を顧みずですね、忙しい中すいません。
次回の更新楽しみに待ってます。
マニアックな記事楽しみに待ってます!
K様
僅か?(目利きにとっては大差かも)な違いを楽しんで頂けた様で何よりです(笑)。
過去の一時期には各種砥石での仕上がりの差が面白く、其々の包丁などに似合う風合いを求め、色々と試していた頃も有りました。しかし多くの時間を費やして来た中で、飽くまでも切れる形状と切れる刃先の追及が本筋ですので、外観の纏まりは副次的な産物と成って居ます。そもそも、微妙な色柄の違い・曇り方と光り方に渡って、硬軟・研磨力の格差に渡る各種産地の各層の砥石を集めるのは、殆ど不可能事ですし。
とは言え、偶には此の様な試みも楽しかったですし、或る意味では砥石の研究(石の個性に由る研ぎ適正と仕上がり)の総ざらい的な意味も有ったので、感謝致します。また先々で、気に成る事項が有りましたら御問い合わせを頂ければと思います。其の時も、今回の様に仕事に空きが有りましたら御応え出来るでしょうから(笑)。