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	<title>昨日の研ぎ講習　出刃包丁 へのコメント</title>
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	<description>研いだ包丁のビフォーアフターなどを載せていきます。</description>
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		<title>むらかみ より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-53709</link>
		<dc:creator><![CDATA[むらかみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Dec 2024 09:12:45 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[恐縮です、肉眼での観察・手触り・試し切りによるテストで、殆ど把握は可能なのですが。特に他者への説明などの場合は、刃の状態の解説→改善点の説明→研ぎ実践→性能テストの合間に、拡大画像が有ると理解の助けに効果的ですので。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>恐縮です、肉眼での観察・手触り・試し切りによるテストで、殆ど把握は可能なのですが。特に他者への説明などの場合は、刃の状態の解説→改善点の説明→研ぎ実践→性能テストの合間に、拡大画像が有ると理解の助けに効果的ですので。</p>
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		<title>aisyah より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-53365</link>
		<dc:creator><![CDATA[aisyah]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 11 Dec 2024 09:04:30 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[研ぎの状態を観察しながら、刃のバランスを整える作業は非常に勉強になりました。&lt;a href=&quot;https://jakarta.telkomuniversity.ac.id/en/college-glossary-part-1/&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;Telkom University Jakarta&lt;/a&gt;]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>研ぎの状態を観察しながら、刃のバランスを整える作業は非常に勉強になりました。<a href="https://jakarta.telkomuniversity.ac.id/en/college-glossary-part-1/" rel="nofollow">Telkom University Jakarta</a></p>
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		<title>小坊主 より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24165</link>
		<dc:creator><![CDATA[小坊主]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 01 Jul 2019 20:07:17 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[村上先生

ご指導を有難うございました。

自身の深き業を反省せねばなりません。度重なる愚問をどうかお許しください。
今後とも、ご指導の程、宜しくお願い致します。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>村上先生</p>
<p>ご指導を有難うございました。</p>
<p>自身の深き業を反省せねばなりません。度重なる愚問をどうかお許しください。<br />
今後とも、ご指導の程、宜しくお願い致します。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>小坊主 より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24152</link>
		<dc:creator><![CDATA[小坊主]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 29 Jun 2019 20:43:44 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[兵庫のＡ様
研ぎに対して、熱心に取り組まれるようになった背景がよく理解できました。有難うございました。

私の父も釣りが好きでした。（といっても、近所の砂浜でゴカイを掘り、ハゼなどを釣る程度ですが）私も子供の時は、父について一緒にでかけていたことを懐かしく思い出しました。

私も凝り性の部分があるようですが、何事も中途半端な取組みとなり、反省しきりです。Ａ様のように、とことん追求される方には大いに刺激を頂きます。

最近、食生活が玄米菜食が中心となり、動物性のタンパクを頂く事が少なくなったのですが、出刃包丁を研ぐ勉強をさせて頂く以上、魚をさばく技術の習得も必要ですよね。また、ご指導頂きたいと思います。宜しくお願いいたします。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>兵庫のＡ様<br />
研ぎに対して、熱心に取り組まれるようになった背景がよく理解できました。有難うございました。</p>
<p>私の父も釣りが好きでした。（といっても、近所の砂浜でゴカイを掘り、ハゼなどを釣る程度ですが）私も子供の時は、父について一緒にでかけていたことを懐かしく思い出しました。</p>
<p>私も凝り性の部分があるようですが、何事も中途半端な取組みとなり、反省しきりです。Ａ様のように、とことん追求される方には大いに刺激を頂きます。</p>
<p>最近、食生活が玄米菜食が中心となり、動物性のタンパクを頂く事が少なくなったのですが、出刃包丁を研ぐ勉強をさせて頂く以上、魚をさばく技術の習得も必要ですよね。また、ご指導頂きたいと思います。宜しくお願いいたします。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>兵庫A より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24151</link>
		<dc:creator><![CDATA[兵庫A]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 29 Jun 2019 12:00:46 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[小坊主様

　砥石を探しに京都へに関しては、やはり写真等の画像ではわからない部分が多いため、直接触って選びたいというだけのことです。幸いにそれほど遠くない地域に住んでいるというのも理由となります。
また、自分で選びたいのは何かを突き詰める際に、できるだけ自分が関わりたいとの思いもあります。

　もともと、本格的な包丁を手に入れたのは、趣味の釣りで食べることを視野に入れた魚種が多くなったことです。釣って食べるのなら、その食べ方にも気をつけたくなり、さらには調理する道具にも・・・
といった具合で手に入れたわけですが、研ぎという分野には、興味はあれど深く追求していませんでした。天然砥石の効果なども聞き及んでいましたが、それこそ、一朝一夕には行かないことが感じとれていましたので、自らブレーキをかけていました。実際の包丁の切れ方に対しても、何人前も切って切れ味が落ちないという究極ではなく、釣果を処理する間だけ十分な切れがあれば良いというスタンスであったので、完全なベタの切り刃に小刃や糸引きといった研ぎをしていました。
ところが去年あたりから、いろいろな事象が重なり
釣りに遠くまで出かけることが難しくなり、道具のメンテナンスにより力を入れた結果、研ぐという行為に意識が向けられるようになりました。
　
　私自身、凝り性なところがあるため気になりだすと追及したくなります。究極の切れというものがどのようなものか気になると、当然研ぐことに突き当たり、またそのための道具にも興味がわきます。もちろん、刃物にも興味が向き同じ鋼材でも作者で違いが出る以上、そこにも興味が出てきます。

おそらく、刃物関連で私が興味を持っている事象は切れ味という事象についてだと考えています。
故に、直接関係している刃物自体と研ぐ事や砥石を追及しています。きっと、もっと深まれば刃物自体を作りたいと思うようになるかもしれません。
　　]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>小坊主様</p>
<p>　砥石を探しに京都へに関しては、やはり写真等の画像ではわからない部分が多いため、直接触って選びたいというだけのことです。幸いにそれほど遠くない地域に住んでいるというのも理由となります。<br />
また、自分で選びたいのは何かを突き詰める際に、できるだけ自分が関わりたいとの思いもあります。</p>
<p>　もともと、本格的な包丁を手に入れたのは、趣味の釣りで食べることを視野に入れた魚種が多くなったことです。釣って食べるのなら、その食べ方にも気をつけたくなり、さらには調理する道具にも・・・<br />
といった具合で手に入れたわけですが、研ぎという分野には、興味はあれど深く追求していませんでした。天然砥石の効果なども聞き及んでいましたが、それこそ、一朝一夕には行かないことが感じとれていましたので、自らブレーキをかけていました。実際の包丁の切れ方に対しても、何人前も切って切れ味が落ちないという究極ではなく、釣果を処理する間だけ十分な切れがあれば良いというスタンスであったので、完全なベタの切り刃に小刃や糸引きといった研ぎをしていました。<br />
ところが去年あたりから、いろいろな事象が重なり<br />
釣りに遠くまで出かけることが難しくなり、道具のメンテナンスにより力を入れた結果、研ぐという行為に意識が向けられるようになりました。<br />
　<br />
　私自身、凝り性なところがあるため気になりだすと追及したくなります。究極の切れというものがどのようなものか気になると、当然研ぐことに突き当たり、またそのための道具にも興味がわきます。もちろん、刃物にも興味が向き同じ鋼材でも作者で違いが出る以上、そこにも興味が出てきます。</p>
<p>おそらく、刃物関連で私が興味を持っている事象は切れ味という事象についてだと考えています。<br />
故に、直接関係している刃物自体と研ぐ事や砥石を追及しています。きっと、もっと深まれば刃物自体を作りたいと思うようになるかもしれません。<br />
　　</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>むらかみ より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24148</link>
		<dc:creator><![CDATA[むらかみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 29 Jun 2019 06:16:39 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[小坊主様

精神世界のみで高みへ至れる程の脳みそ・感受性を持ち合わせていない身としては、身体の動きから正確性や出力の度合いで測る他有りませんので、どうしても観念・理念へ至る内面的な方向だけでは纏りませず・・・。

研ぎのみならず、殆どの技術を要する分野では、己の視覚的・運動的・感覚的な感性で正確さや違いを弁別する能力が求められます。例えばそれは、平面・直線・直角・な物や其れを行なう動作を糺す要請からです。仮に克己奮励深謀遠慮の果て、前記内容を実現できたとして人格の陶冶も並行して成し遂げられるものでしょうか？私は何方も有り得ると思います。

勿論、自動的に両立して最終的には一挙両得、が望ましいのですが・・・人格や性格、思想信条は身体能力の才能には関係ないからです。唯一の望みは、才能の不足・理想が高過ぎによる目的達成不可能への対策として、小さな我を捨てて一心に努力する際には、我儘勝手・欲得ずくの心理を洗濯出来るかも知れませんね。そもそも、人心の荒廃を防いだり安寧秩序を訴求する宗教からして争いの種に成ったりする始末です。私から見れば各宗教家と信者は、己の宗派のメンツにかけて、世界平和に反する様な身内に毅然と対処すべきでしょう。心理・内面から人間性を高めたり人間社会に広く共感を得るなど程遠く、本末転倒と言わざるを得ません。其処から考えても、技術・術技の追及で自動的に既定路線で聖人君子が製造される事は無く、ましてや社会全体を矯正する事も無いでしょう。ただ、人間が本来持って生まれた負の感情（これも、必要性が有るから無く成らないとも思いますが）や、本能的な競争心・敵愾心などをコントロールする術に成り得るとは感じています、ただし、此れも個々人の性格や地域の文化で変わりますので、一定程度の期待に留めるべきでしょう。何れにしても、あらゆる分野で言えますが私が関わる物事の一つで、世の中を良くする特効薬たり得る事は無いと思います。寧ろ、そうであったら多様性も弾力性も無い世界と云う事に成り、脆過ぎますからね。自他ともに、余り力まず出来る事を頑張るしか無いのではと考えています。

殺傷力のある道具や運動エネルギー・熱エネルギーはすべからく危険でしょう。極論すれば、大きくて体重の重い人間は走っては成らない事にも成ります。全てはコントロール可能かで決まるでしょう。それが実現できない内は、運用しないか極めて小規模・低性能からテストして行くべきかと。従って、包丁を扱う能力が低下すれば包丁の必要性は低下し危険性ばかり高まるでしょう。対処法は、扱い方を覚えたり触れる機会を増やすしか無く、使えない者に（銃器や車より危険性は低いですが）刃物を使わせるのは悪徳とも成り得ます。理想や良き時代の復権を目指すのは間違っていないとは思いますが、全体を一つの方向へ導こうとすれば祖語も生じますし、方法論も強引に成りがちですので琴線に触れる、縁なき衆生以外の方々と考えたり練習して行くのが良いと思っています。取り敢えず最低限、自分の要求を満たす技術を習得してからでも遅くは無いでしょうし、その程度もクリアしない内から余所様を感化・教化は気が早いと心得ます。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>小坊主様</p>
<p>精神世界のみで高みへ至れる程の脳みそ・感受性を持ち合わせていない身としては、身体の動きから正確性や出力の度合いで測る他有りませんので、どうしても観念・理念へ至る内面的な方向だけでは纏りませず・・・。</p>
<p>研ぎのみならず、殆どの技術を要する分野では、己の視覚的・運動的・感覚的な感性で正確さや違いを弁別する能力が求められます。例えばそれは、平面・直線・直角・な物や其れを行なう動作を糺す要請からです。仮に克己奮励深謀遠慮の果て、前記内容を実現できたとして人格の陶冶も並行して成し遂げられるものでしょうか？私は何方も有り得ると思います。</p>
<p>勿論、自動的に両立して最終的には一挙両得、が望ましいのですが・・・人格や性格、思想信条は身体能力の才能には関係ないからです。唯一の望みは、才能の不足・理想が高過ぎによる目的達成不可能への対策として、小さな我を捨てて一心に努力する際には、我儘勝手・欲得ずくの心理を洗濯出来るかも知れませんね。そもそも、人心の荒廃を防いだり安寧秩序を訴求する宗教からして争いの種に成ったりする始末です。私から見れば各宗教家と信者は、己の宗派のメンツにかけて、世界平和に反する様な身内に毅然と対処すべきでしょう。心理・内面から人間性を高めたり人間社会に広く共感を得るなど程遠く、本末転倒と言わざるを得ません。其処から考えても、技術・術技の追及で自動的に既定路線で聖人君子が製造される事は無く、ましてや社会全体を矯正する事も無いでしょう。ただ、人間が本来持って生まれた負の感情（これも、必要性が有るから無く成らないとも思いますが）や、本能的な競争心・敵愾心などをコントロールする術に成り得るとは感じています、ただし、此れも個々人の性格や地域の文化で変わりますので、一定程度の期待に留めるべきでしょう。何れにしても、あらゆる分野で言えますが私が関わる物事の一つで、世の中を良くする特効薬たり得る事は無いと思います。寧ろ、そうであったら多様性も弾力性も無い世界と云う事に成り、脆過ぎますからね。自他ともに、余り力まず出来る事を頑張るしか無いのではと考えています。</p>
<p>殺傷力のある道具や運動エネルギー・熱エネルギーはすべからく危険でしょう。極論すれば、大きくて体重の重い人間は走っては成らない事にも成ります。全てはコントロール可能かで決まるでしょう。それが実現できない内は、運用しないか極めて小規模・低性能からテストして行くべきかと。従って、包丁を扱う能力が低下すれば包丁の必要性は低下し危険性ばかり高まるでしょう。対処法は、扱い方を覚えたり触れる機会を増やすしか無く、使えない者に（銃器や車より危険性は低いですが）刃物を使わせるのは悪徳とも成り得ます。理想や良き時代の復権を目指すのは間違っていないとは思いますが、全体を一つの方向へ導こうとすれば祖語も生じますし、方法論も強引に成りがちですので琴線に触れる、縁なき衆生以外の方々と考えたり練習して行くのが良いと思っています。取り敢えず最低限、自分の要求を満たす技術を習得してからでも遅くは無いでしょうし、その程度もクリアしない内から余所様を感化・教化は気が早いと心得ます。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>小坊主 より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24147</link>
		<dc:creator><![CDATA[小坊主]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 29 Jun 2019 04:31:12 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[村上先生
コメントを何回も読ませていただいております。
マズローの段階欲求説について、改めて学び直しました。
マズローは、晩年に超越的な自己実現の欲求に言及されましたが、村上先生は、この「超越的な自己実現」の段階で生きておられるのかな・・と想像いたしました。

先生の幸福感をお伺いし、反省しきりです。私は、観念的な世界で、何の積み重ねもなく、物事を積み上げては壊すの繰り返しで、馬齢を重ねてまいりました。

しかし、村上先生の目指される「究極の研ぎの世界」には大変興味が湧きます。

当然、技術の追求は終わりがないと思うのですが、この研ぎの世界は、技術のみを追求すれば、目的地に到達できうるのでしょうか？また、その他の要素が必要となるのでしょうか？

さらに、今社会で凶悪事件の道具として使用される包丁ですが、人を殺す能力が高いということは、同時に「人を生かす」能力も高いということと思うのですが、どのようにすれば、現代の人間社会で「刃物」が人を生かす道具として再認識され、各家庭の包丁離れに歯止めがかかるでしょうか？]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>村上先生<br />
コメントを何回も読ませていただいております。<br />
マズローの段階欲求説について、改めて学び直しました。<br />
マズローは、晩年に超越的な自己実現の欲求に言及されましたが、村上先生は、この「超越的な自己実現」の段階で生きておられるのかな・・と想像いたしました。</p>
<p>先生の幸福感をお伺いし、反省しきりです。私は、観念的な世界で、何の積み重ねもなく、物事を積み上げては壊すの繰り返しで、馬齢を重ねてまいりました。</p>
<p>しかし、村上先生の目指される「究極の研ぎの世界」には大変興味が湧きます。</p>
<p>当然、技術の追求は終わりがないと思うのですが、この研ぎの世界は、技術のみを追求すれば、目的地に到達できうるのでしょうか？また、その他の要素が必要となるのでしょうか？</p>
<p>さらに、今社会で凶悪事件の道具として使用される包丁ですが、人を殺す能力が高いということは、同時に「人を生かす」能力も高いということと思うのですが、どのようにすれば、現代の人間社会で「刃物」が人を生かす道具として再認識され、各家庭の包丁離れに歯止めがかかるでしょうか？</p>
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	</item>
	<item>
		<title>むらかみ より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24145</link>
		<dc:creator><![CDATA[むらかみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 29 Jun 2019 01:20:21 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[小坊主様

私は結構、能力や技術の習得・向上に興味を持って生きて来ました。其れは原初の道具である切る・打つ道具からバイクや車と云った複雑な物までを含めてです。本当は、此処に勉強や哲学・美術・歌舞音曲も加われば良かったのですが、凡才・非才の身ゆえに卑近な分野に惹かれます。

複雑・高出力の動力を、車体の制御とともに使いこなすのも充実感は有りますが、電子制御を必要としないレベルで天候・路面状況に対応するのは難しい物です。部品の組付け・セッティングも、熟練が必要です。ブレーキなどは、分解・清掃だけでも下手すると性能劣化で素人には無理なくらいで。まあ、そんなモノを意のままに操る事は達成感に繋がりますが、逆に単能故に対象や目的に応じて使用者の技術・知識で汎用性を持たせないといけない。それが出来るか出来ないかが如実に表れるナイフ等は、対極の難しさが有ると思います。高性能なパーツに付け替えれば取り敢えず性能向上・電子制御で角度やスピードの補正、とは行かない。其処に、使い手の能力が問われる・使いこなせば別次元の満足感が得られる、と思っていましたが・・・行き着くところは案外、近い部分も多いと感じて来ています。結局は頭の回路と感覚器を動員して、理論化された身体操作を求められるのですから。多少、必要な肉体的強度に差は有りますが。

人により、自己実現感・達成感・満足感は有るでしょうけれど、私自身は社会承認欲求が其れほど強く無いかも知れません。何故なら己自身が一番の自分へのストーカーでクレーマーだと思っており、そいつらを満足させるので手一杯だからです。私が良く言う、「自己満足が大事」というのはその部分です。他人が全員、認めて褒めても自分が其れ以上の要求をし、満たせていなければ真の満足は得られません。勿論、確かな能力の方に認められればホッとしますが、此れで良しとは成り難いですね。

結論的には、どんな分野や世界でも、理想や目標と定めたレベルや事柄を達成出来るのが幸福と感じます。段階が必要であれば、その一つ一つをクリアする度に小さな幸せを感じられる訳ですね。有る方によっての幸福は、運試し的な結果、誰よりもツイていたら幸せとかが有り得るでしょうが、基本的に研鑽・積み上げで性能向上・維持増進がわたしの基本姿勢です。ですから、管理できない様な繊細な道具・キワモノバイクや車は、劣化が怖いのと失礼に当たるので欲しいと思った事が無い位です。身の丈に見合った中で高望み？して行きたいと思っています。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>小坊主様</p>
<p>私は結構、能力や技術の習得・向上に興味を持って生きて来ました。其れは原初の道具である切る・打つ道具からバイクや車と云った複雑な物までを含めてです。本当は、此処に勉強や哲学・美術・歌舞音曲も加われば良かったのですが、凡才・非才の身ゆえに卑近な分野に惹かれます。</p>
<p>複雑・高出力の動力を、車体の制御とともに使いこなすのも充実感は有りますが、電子制御を必要としないレベルで天候・路面状況に対応するのは難しい物です。部品の組付け・セッティングも、熟練が必要です。ブレーキなどは、分解・清掃だけでも下手すると性能劣化で素人には無理なくらいで。まあ、そんなモノを意のままに操る事は達成感に繋がりますが、逆に単能故に対象や目的に応じて使用者の技術・知識で汎用性を持たせないといけない。それが出来るか出来ないかが如実に表れるナイフ等は、対極の難しさが有ると思います。高性能なパーツに付け替えれば取り敢えず性能向上・電子制御で角度やスピードの補正、とは行かない。其処に、使い手の能力が問われる・使いこなせば別次元の満足感が得られる、と思っていましたが・・・行き着くところは案外、近い部分も多いと感じて来ています。結局は頭の回路と感覚器を動員して、理論化された身体操作を求められるのですから。多少、必要な肉体的強度に差は有りますが。</p>
<p>人により、自己実現感・達成感・満足感は有るでしょうけれど、私自身は社会承認欲求が其れほど強く無いかも知れません。何故なら己自身が一番の自分へのストーカーでクレーマーだと思っており、そいつらを満足させるので手一杯だからです。私が良く言う、「自己満足が大事」というのはその部分です。他人が全員、認めて褒めても自分が其れ以上の要求をし、満たせていなければ真の満足は得られません。勿論、確かな能力の方に認められればホッとしますが、此れで良しとは成り難いですね。</p>
<p>結論的には、どんな分野や世界でも、理想や目標と定めたレベルや事柄を達成出来るのが幸福と感じます。段階が必要であれば、その一つ一つをクリアする度に小さな幸せを感じられる訳ですね。有る方によっての幸福は、運試し的な結果、誰よりもツイていたら幸せとかが有り得るでしょうが、基本的に研鑽・積み上げで性能向上・維持増進がわたしの基本姿勢です。ですから、管理できない様な繊細な道具・キワモノバイクや車は、劣化が怖いのと失礼に当たるので欲しいと思った事が無い位です。身の丈に見合った中で高望み？して行きたいと思っています。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>むらかみ より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24143</link>
		<dc:creator><![CDATA[むらかみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 29 Jun 2019 00:43:59 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24143</guid>
		<description><![CDATA[小坊主様

そうですね、私であれば確実に万全の状態に仕上げられる、とは全く限らないですが難易度の高さの理由が奈辺に有るのか？ならば推察可能かも知れません。現物合わせ・喧嘩殺法みたいな極めて個別に対応しても、満足までは程遠い仕上がりにしか成らなかった包丁の経験は少ないので興味が無いと言えば嘘に成ります。折を見て、御送り頂ければと思います。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>小坊主様</p>
<p>そうですね、私であれば確実に万全の状態に仕上げられる、とは全く限らないですが難易度の高さの理由が奈辺に有るのか？ならば推察可能かも知れません。現物合わせ・喧嘩殺法みたいな極めて個別に対応しても、満足までは程遠い仕上がりにしか成らなかった包丁の経験は少ないので興味が無いと言えば嘘に成ります。折を見て、御送り頂ければと思います。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>小坊主 より</title>
		<link>http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24141</link>
		<dc:creator><![CDATA[小坊主]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 28 Jun 2019 19:47:49 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://togiyamurakami.jp/blog/?p=6885#comment-24141</guid>
		<description><![CDATA[村上先生

先日の講習を受けさせて頂いてから、また知人の包丁を預かり研がせて頂くようになってから、以前にもましてこの世界にのめり込もうとする自分がいまして、はたと何故この研ぎの世界に、自分が熱心に取り組んで行こうとするのか？見つめてみたいと思いました。

今朝早くに目が覚めて、「道具の歴史」をネットで検索しました。

人類は「道具」を発明し、文明を発展させてきました。「オノ」→「機械」→「計算機」→「人工知能」と人類は便利で豊かな生活を獲得するために、次々と高度な道具を開発してきました。そして、日本もこんなに豊かな経済大国になりました。しかし、日本人の心の豊かさはどうなのでしょか？

私は、縁あって「人間の本当の幸福とは何か？」を考えて生きてきました。物質的に恵まれた生活が、本当の幸福への道なのか？と疑問に思います。

これから子どもを育てねばならぬ親としても、経済は大切です。しかし、それだけでは子どもは健やかに育たない・・。そんな風に感じています。

この研ぎの世界は、人間が豊かさを手に入れることで、失ってきた大切な何か・・を思い出させてくれるようにも感じています。村上先生の五感の鋭さには驚嘆させらます。身体操作の追求によって、私たち感覚の鈍った人間には、解り得ない世界を体感しておられるようにも感じます。

この研ぎの世界は、非常に手間暇がかかり、経済効率が決して高いとは言えないと感じるのですが、先生の「幸福感」を一度お聞かせ頂けないでしょか？

時代に逆行するともいえる、この研ぎの世界の魅力が、先生の「幸福感」に秘められている気がして、お聞きしてみたいと思いました。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>村上先生</p>
<p>先日の講習を受けさせて頂いてから、また知人の包丁を預かり研がせて頂くようになってから、以前にもましてこの世界にのめり込もうとする自分がいまして、はたと何故この研ぎの世界に、自分が熱心に取り組んで行こうとするのか？見つめてみたいと思いました。</p>
<p>今朝早くに目が覚めて、「道具の歴史」をネットで検索しました。</p>
<p>人類は「道具」を発明し、文明を発展させてきました。「オノ」→「機械」→「計算機」→「人工知能」と人類は便利で豊かな生活を獲得するために、次々と高度な道具を開発してきました。そして、日本もこんなに豊かな経済大国になりました。しかし、日本人の心の豊かさはどうなのでしょか？</p>
<p>私は、縁あって「人間の本当の幸福とは何か？」を考えて生きてきました。物質的に恵まれた生活が、本当の幸福への道なのか？と疑問に思います。</p>
<p>これから子どもを育てねばならぬ親としても、経済は大切です。しかし、それだけでは子どもは健やかに育たない・・。そんな風に感じています。</p>
<p>この研ぎの世界は、人間が豊かさを手に入れることで、失ってきた大切な何か・・を思い出させてくれるようにも感じています。村上先生の五感の鋭さには驚嘆させらます。身体操作の追求によって、私たち感覚の鈍った人間には、解り得ない世界を体感しておられるようにも感じます。</p>
<p>この研ぎの世界は、非常に手間暇がかかり、経済効率が決して高いとは言えないと感じるのですが、先生の「幸福感」を一度お聞かせ頂けないでしょか？</p>
<p>時代に逆行するともいえる、この研ぎの世界の魅力が、先生の「幸福感」に秘められている気がして、お聞きしてみたいと思いました。</p>
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